浦東 川沙

浦東空港から市内に車で戻る場合、華夏高架路から中環路を走ることが多いのだが、空港を出て華夏高架路をしばらく走ると左手に結構立派な楼閣が見える。その存在に気付いてから十数年経過していたのだが、なかなか行く機会がなく、2017年1月、ようやく時間が取れたので行って来た。 ちなみに、中国三大楼閣と言えば黄鶴楼(湖北省武漢市)、滕王閣(江西省南昌市)、岳陽楼(湖南省岳陽市)。前者2つは行ったことがあるが、岳陽楼はまだ行ったことがない。いずれ時間を取って行ってみたい。 さて、その上海の楼閣だが、地下鉄2号線の川沙駅にほど近い公園内に作られている。 川沙の地図。 拡大地図。 ↓ さて、2017年1月のとある日、地下鉄2号線に乗って川沙駅にやって来た。 川沙公園を目指し、川沙路を北上すると、南橋路との交差点に差し掛かる。右手が目的の川沙公園である。 公園の入り口はもう一つ先の城南路のようなので、川沙路をそのまま進む。その途中で見かけたスーパー銭湯。ネーミングが完全に日本の極楽湯が展開する温泉施設「極楽湯・碧云温泉」をパクっている。その名も「碧海云天温泉」ときたもんだ。流行りもんに目ざといパクリ商売全開。ちなみに、「極楽湯・碧云温泉」は浦東の北・金橋の近くにあり、地下鉄なら昨年延長開業した9号線・台儿庄路駅が最寄駅。何度か行ったが、ほとんど日本のそれと同じ。そう言えば、「大江戸温泉物語」というのも2016年頃にライセンス問題で話題になったが、その後どうなっ…

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浦東 召稼楼古镇

※ 2017年12月26日に一度アップしたのだが、手違いにより削除してしまったので新規で書き起こし再掲。 2016年5月 浦東にある水郷の街・召稼楼古镇を訪れた時の様子。浦東の水郷ということで、先日、浦東 新場古鎮をご紹介したが、浦東には他にもあるということで教えて頂いた場所。最寄りの駅は地下鉄8号線のターミナル駅「沈杜公路」駅。そこから、3kmくらい距離があるので、タクシーかバスで移動が望ましい。 召稼楼古镇の場所。住所を見ると、閔行区とある。黄浦江が逆L字に曲がる地点より東は浦東だとばかり思っていたが、どうやらそれは誤りだったようである。 ちなみに、閔行区。北は虹橋空港の半分まで含まれるので、ずいぶん縦長である。ちなみに面積371km2、人口243万人。 浦東新区。面積1210km2、人口504万人。ちなみに東京23区全体では、面積619km2、人口947万人。 ということなので、タイトルの浦東・召稼楼古镇というのは正しくないのだが、地理的には浦東(黄浦江の東)とも言えるので、そのままとする。 周辺の拡大地図。 さて、前置きが長くなったが、召稼楼古镇に到着。入り口には「召稼楼」と書かれた牌楼がお出迎え。 東側の入り口より中に入る。 連休中なので賑わっている。この辺りには土産物屋、雑貨店などが軒を連ねる。 奥まった通りに入る。TVでも紹介された「江阿姨油墩子」。野菜などを小麦粉で和えて油で揚げた軽食をテイクアウト…

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浦東 翊園

2014年5月 浦東 翊園を訪れた時の様子。元々は、2年後に開業を控えた上海ディズニーランドの建設の様子を見てみようと訪れたのだが、道に迷い辿り着けず、地図を眺めていたら、近くに翊園というのを見つけたので、手ぶらで帰るのもなんだと思い、立ち寄った次第である。ちなみに、上海ディズニーランドだが、行く機会はないとは思うが、2016年6月開業、アジア最大級という。 翊園の位置。つまり、上海ディズニーランドということ。 翊園(花園街)の周辺。まさに高速道路S2の向こう側がまさに上海ディズニーランド。Google Map上では上海ディズニーランドとの表記はまだない。開業から1年半たつがまだ更新されていない?。 上海ディズニーランドが出来上がる変遷をGoogle Earthの航空写真で見てみたい。この地に決定したのは、2009年11月。当時、開業は2013年と報道されていたと記憶する。 2005年2月 何にもねぇ、畑ばっかりだ。 2010年7月 決定から1年弱経過したが変化なし。写真は濃くなったが、畑の様子は同んなじだ。 2011年11月 着工式が2011年4月。ようやく建設が始まった様子が見れる。その後開業時期が延期され、最終的に2016年6月となる。 2017年2月 現在の姿。ほぼ正方形、周りを用水路で囲んでいる。 さて、ついででなんなのだが、翊園周辺の様子をみてみたい。川周公路から花園街に入ると古い民家が見えてくる。 瓦の重みで撓んでいる。 …

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浦東 新場古鎮

2014年10月 浦東・新場古鎮に出掛けた時の様子。地下鉄16号線「新場」駅から徒歩約15分。ここを知ったのはTV広告。古くは“石笋里”と呼ばれた、浦東にある水郷の古鎮。 新場古鎮の位置。 新場古鎮周辺の地図。 申江南路(新環東路)と沪南公路の交差点にデンと構える新場鎮の門。ビル6階くらいの高さはある。これはでかい。 門をくぐり新環東路をしばらく歩いて牌楼東路を右に曲がり、西に向かう。しばらく進むとようやく新場古鎮の道路案内表示を見つける。ちなみに左側の交通標識だが、ここでトランペットの練習を禁ずるではなく、クラクション禁止である。(そんな間違いするわけないと自分に突っ込む) 橋を渡ると見えてくる大きな防火壁(うだつ)の商店。見栄えをよくするため統一されている。 しばらく歩くと新場大街に出る。左側の様子。こちらには地元の人向けと思われる商店が並ぶ。 右手には新場古鎮のかなり立派な牌坊。この先が新場古鎮。 牌坊をくぐって北に向かう。しばらくは商店が続く。この日は平日だったので、人もまばら。 100年の歴史のある老舗レストラン「新和醤園」。伝統的な手法による醤油製造が有名。料理にその醤油が使われているのでしょう。 細い路地を覗くと由緒ありそうな民家。 木造3階建ての「第一楼茶園」。お茶を飲みながら民間芸能(评弹など)を楽しむ場所、現在風に言えば喫茶ライブハウス。1920年に始まり、30年代に「第一楼茶園」と名付けたらしい。 …

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浦東 三林塘老街

2013年7月 三林塘に出掛けた時の様子。時は、4世紀の東晋の時代、浦東がまだ浅瀬の海岸だった頃、船の発着に手頃な場所に港ができ、その周りに人が移り住み、やがて村落が出来上がって来たわけだが、そのような村落の一つがこの三林塘。東晋の時代からというので、上海では古い部類に入る。 名が知れた観光スポットではないが、最近整備されたとの噂を聞き、気温38度を超える暑い中、カメラ片手に出掛けた。水郷の街ではないが、新しい観光スポット・老街誕生かな。 以前、浦東 三林路でご紹介した三林路の近く。地下鉄なら11号線「三林」駅から徒歩約10分。 三林塘の地図。 周辺の拡大図。 三林路から見える「三林塘」牌坊。今回訪問の4年前の2009年にここを歩いたのだが、当時この牌坊は無かったのではなかろうか? もしあれば気付いたと思うのだが、見落としたのか? 当時の写真を見てもそのような物はなさそうなのだけれど。 通りの名は三新路。ここを曲がる。 ゲートくぐると見えてくる江南風建築群。黒い瓦屋根と白い壁、そして立派な防火壁(日本風にいうとうだつ)。しかし、新しいですな。 人が住んでいるようには見えないので、後には商店になるのか? 特徴的な瓦屋根。 右に曲がると東林街、三林塘のメイン通りである。ここにも牌坊がある。 ゲートをくぐる。観光客は誰一人としていない。炎天下の2時過ぎ、そりゃ〜誰も出歩かないでしょう。と思っていたら、地元の人を見かけた。 少…

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田子坊

今回は少し洒落たエリアをご紹介したい。 時は2013年5月、地下鉄9号線の「打浦橋」駅からほど近い場所にある「田子坊」を訪れた。最近、話題になっているスポットということでカメラ片手に出掛けた。迷路のような狭い路地にアートショップやレストラン、ブティックや小物雑貨店などが密集している。とにかく観光客が多い場所なのだが、労働節の休暇中だったため、身動きできないほど混み合っていた。 「田子坊」の名の由来だが、画家の黄永玉さんが中国古代の画家「田子方」に因んでそう名付けたとのこと。1998年9月頃より整備が始まり、その年、著名な画家である陈逸飞さん、尔冬强さん、王劼音さん、王家俊さん、李守白さんなどの芸術家や工芸品を扱う店舗が入居し、その後順次開業する商店が増え、現在のような姿になったとのこと。内部は古い建屋をそのまま使用しており、古いもので1933年建造というものもある。 田子坊の場所。 周辺の拡大地図。 「打浦橋」駅で下車すると、巨大ショッピングモール・日月光中心が真上に建設されており、そのままモール内に出ることになる。商業部分は2010年開業、その後オフィス棟、住宅棟を順次開業させた巨大な複合商業施設である。特に、飲食店が充実しており、日本料理店も何軒も入居している。 さて、そのモールの北口側、泰康路側を出ると、すぐに「田子坊」と書かれたゲートが見えてくる。狭い路地が入り組んでいるので、入口は一つではないが、「田子坊」と書かれた石造りのが門があるので、ここが正…

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真如古鎮から西康路へ

2004年5月、地図を見ていたら上海市内の北西部に「真如古鎮」というのを見つけた。どんな古鎮なのか気になったので、下調べはせず、とりあえず出掛けた時の様子。現在なら、地下鉄11号線「真如」駅がほど近い。当時は勿論地下鉄は開通していないのでバスに乗って出掛けた。 真如古鎮の地図。 真如古鎮の周辺の地図。 真如古鎮近くの武寧路でバスを降り、蘭渓路を曲がるとすぐ見えてくる「真如古鎮」の牌坊。 赤い提灯の飾り付けと古そうな商店が連なってはいるが、その先は普通のアパートが並んでいる。これ古鎮? しばらく歩くと白い塔が見えてきた。恐らく、この塔のあるお寺の門前町なんだろうと想像する。 お寺の周辺は結構賑やかだ。 桃浦という名の川(運河)を渡って全体が見える場所を探す。これが「真如寺」。調べたら、1200年頃の宋の時代に別の場所に建造されたそうだが、1320年元の時代にこの地に移った歴史ある寺院のようだ。白い塔は「真如塔」といい、10層からなる。日本軍による占領、文革により破壊され、現在のものはそれ以降に修復されたという。故に、この地は「真如古鎮」ということ。今回は中に入らず、散策を続ける。 北石路を進む。 大渡河路だと思う。 しばらく歩くと北石路の真西新村にでる。 次に吴淞江(苏州河)を見ようとバスに乗る。 吴淞江周辺の地図。 2004年5月のGoogle Earthの航空写真。 地下鉄3号線「…

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七宝古鎮 2004

2004年5月 上海市内にある水郷の古鎮 七宝鎮を訪れた時の様子。先に2009年に訪れた時の様子をご紹介したが、2004年に最初に出掛けていた、その時の様子。当時はまだ地下鉄9号線が開通していないのでバスを利用。 どうでも良いことなのだが、前回の「七宝古鎮」を「七宝古鎮 2009」に改め、今回は「七宝古鎮 2004」とした。 七宝鎮の周辺の地図。 今回ご紹介する写真は前回2009年とあまり変化がなく面白くないので、Google Earth先生で2002年と2017年を比較してみたい。 航空写真の中央下側、民家が密集しているエリアが七宝鎮。15年経過しても周辺はほとんど変わりない。違いと言えば、左上側スペースにショッピングモール(七宝万科广场)が建設中くらいか。 2002年12月 2017年6月 さて、2004年5月。漕宝路でバスを降り、民主路を曲がり七宝鎮に向かうところ。左側が空港写真で見た、後にショッピングモールが建設される用地側。 正面入り口の牌楼。この時は赤い提灯の飾り付けがされていた。時期がちょうど黄金節(中国版ゴールデンウィーク)なのでその飾り付けなのか。 遊歩道を進む。中も赤い提灯の飾り付け。 橋の上から東側を望む。5年後に撮影した写真と見比べると、無意志のうちにほぼ同じアングルになっている。その場所のベストアングルというのもあるので…。 西側。 橋の上から南側を見る。連休なのでなかなか賑わっ…

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安徽省の旅 5 渔梁村

2003年10月、安徽省黄山周辺の旅の最後に訪れた渔梁村の様子。渔梁村の始まりは唐の時代に遡る歴史ある古鎮。新安江の支流・练江に作られた渔梁坝(堰、ダム)が観光の見所。この堰は隋の時代から建造が始まり、明の時代に現在の形になったということらしい。隋の時代ということは、西暦600年前後ということだから、悠に1400年以上経過しているということ。 渔梁村の位置。 渔梁村周辺。 屯渓からバスで移動中に見かけた道路案内と何か良く分からないが石の塔。歙県方向に向かう。 新安江の支流・练江にかかる橋。 练江の下流の様子。 上流側にある渔梁坝(堰)を遠くから眺める。ここは川幅が急に狭くなるため、堰を造り水を貯めて魚を獲りやすくしたのではなかろうか? 地形からして治水目的とは思われない。写真は堰の下流側になるので水量が少ない。 堰の上流側の様子。 渔梁坝の碑。 渔梁村を散策する。なんでも魚の形をしているので、このような村の名前が付いたとか。これは村の入り口の様子。 黒い屋根瓦と白い壁、古びた徽州式建築が連なる。 古びてはいるが、門には素晴らしい彫刻が施されている。 土産物屋一つない通りをひたすら歩く。全然観光化されていない。 村の人が集まっている。恒例の大討論会かと思いきや、和やかに談笑している。 先を急ぐ。 ひたすら歩く。 地元の人向けの雑貨屋さんを見つけたがそれ以外は本当に何もない古民家街。通り一つ向こ…

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安徽省の旅 4 屯渓老街

2003年10月、黄山旅行の続き。黄山市内屯渓区の新安江北岸にある屯渓老街を訪れた時の様子。 黄山市屯渓区の地図。 屯渓老街は明・清の時代の徽州式建築の古い商店が立ち並ぶ観光スポット。今回は西側(裏側)にある門より老街に入る。 石畳の狭い通りに土産物屋さんやお茶屋さんなどが軒を連ねる。この辺りは西の外れになるので、人の往来も少なくちょっと寂しい。 少し前まで雨が降っていたので、青や緑のシートが軒先に吊るされている。 地元の人が多いかな、観光客をあまり見かけない。 段々賑やかになってくる。比較的若い人が多いと感じる。 お茶屋さん。地元の名産黄山毛峰、祁門紅茶などが売られている。 この辺りはお茶屋さんが軒を連ねる。 東に向かい通りをズンズン進む。 萬粋楼博物館。徽州古建筑造りの民家と庭園からなる広さ2000㎡の私設博物館。中には屯渓の歴史や徽州古建筑の解説、800を超える蔵書、展示物があるという。残念だが外観だけ拝むとする。 勿論、地元名産「歙硯」(すずり)も売っている。 同徳仁。1863年に開業した140年の歴史ある薬屋さん兼お医者さん。現在は薬屋さんだけのようだ。パブのカウンターと違いまっせ。 テレビドラマで見るような内部の様子。お客さんの症状に合わせて各種漢方薬を調合するのでしょう。脈々と受け継がれてきた時間の重み、すごいとしか言いようがない。 真珠、玉石も売っている。 東側の入り口。牌坊が見え…

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安徽省の旅 3 西逓・宏村

2003年10月、黄山の南麓にある西逓・宏村を訪れた。この二つの村は「安徽南部の古村落」として2000年に世界遺産に登録された。1000年の歴史があり、明・清の時代の建築物が多く保存されている古鎮。西逓は「桃花源裡人家」(桃源郷)、宏村は「中国画里郷村」(水墨画のような美しい村)とそれぞれ呼ばれている。黄山市内から西逓まで約50km、宏村はそこから5kmくらい離れている。 安徽省の旅 1 黄山 安徽省の旅 2 棠樾牌坊群の続き。 西逓の地図。 西逓古村の周辺。 バスで西逓に向かう。乗り場では恒例 朝の大討論会。 西逓の案内図。 バスを降りしばらく歩くと牌坊が見えてきた。その手前には池、左手には土産物屋が並ぶ。 これはでかい牌坊だ。いかに裕福だったかが分かる。 西逓の案内板。 さあ、いよいよ中に入る。 黒い屋根瓦と白い壁、中は細い路地が入り組んでいる。 どの家も防火壁が素晴らしい。日本風に言うと「うだつ」。立派にうだつが上がってます。 石に彫ってある彫刻が見事である。これだけの手間暇かけるのだから、相当裕福だっただろう。 少し広い通りに出る。写生をしている人を時たま見かける。 「中秋節の時、我が家の豚を屠殺するのでみんな買いに来て」という手作り広告。POPだ! どんどん進む。きちんと手入れされているのか、白壁は黒ずんでいない。 えらく細い通りが入り組んでいる。 屋根の形…

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安徽省の旅 2 棠樾牌坊群

2003年10月、安徽省の旅 1 黄山 の続き。次に歙県郑村镇棠樾村にある棠樾牌坊群を訪れた。 明・清の時代、徽州の商人(新安商人ともいう)たちによって建てられた家族の記念碑の一つであり、「忠誠、孝行、正義、親孝行」に従って7つの牌坊が配置されている。安徽省は今でこそ中国一貧しい地域などと言われているが、この時代、この地区は塩業で大変裕福だったと聞く。 郑村镇棠樾村の地図。 棠樾牌坊群周辺。 入口近くにある祠。 さて、中に入る。1番目の立派な牌坊がお出迎え。これはすごい、これまで見た牌坊の中でも強く印象に残る。これが7つあるのだから壮観である。 振り返る。逆光のため、画面全体が暗い。2台のデジカメを駆使したが、これを撮影したカメラは色調があまり良くない。 2番目。 1番目と2番目を斜め横から。 1番目と2番目の間にある鮑氏一族の祠。この牌坊群を建造した一族である。 祠の中の様子。 右側面。「忠」、「孝」。 左側面。「廉」(高潔)、「節」。 左 鮑氏一族の祠と2番目から4番目まで。 3番目 あれ、いつの間にかおばあさんがいる。 3番目から振り返る。 4番目。 4番目から7番目まで。 4番目から振り返る。 斜め横から。 5番目を振り返る。 棠樾牌坊群を後にして黄山市内に戻る途中、立派な牌坊を見つけたので立ち寄ることにした。 …

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