呉淞江を遡る 1

ここしばらく更新をサボっていたが、昨年2017年に撮り貯めた写真の中から呉淞江沿いの風景をご紹介したい。呉淞江(別名、蘇州河)は太湖の瓜涇口から蘇州市内、上海市内を流れ、黄浦江・外灘に注ぐ黄浦江最大の支流である。数日に渡り、外灘近くの河口から上流に向かい歩いて遡ったので、数回に分けてご紹介する。 まず、Google Mapで呉淞江を見てみる。 水源は太湖の瓜涇口付近。ここから蘇州市内をほぼ東に進み、上海市内へ向かう。 上海市内を流れる様子。途中大きく湾曲しウネウネしている。 黄浦江に合流する河口の様子。 さて、時は2017年12月18日。中山東一路、外灘を北上し、外白渡桥(ガーデンブリッジ)を目指す。 呉淞江が黄浦江に注ぎ込む地点に架かる外白渡桥(ガーデンブリッジ)をスタート地点とする。バックは陆家嘴の超高層ビル群。 裏側に回り、橋の名を刻んだプレートを撮影。 外白渡桥の全景。建造は1907年、中国初の全鋼橋、中国に現存する唯一の桁部分が三角形構造のトラス橋。対岸右側にはこれまた歴史的建造物である上海大厦(ブロードウェイマンション、元の名は百老汇大厦)が見える。 外白渡桥から呉淞江と黄浦江の合流ポイントを望む。ここには堰のようなものがある。 外白渡桥から黄浦江沿いの南側一帯は黄浦公園になっている。そこから呉淞江の北側を向き、外白渡桥と上海大厦を左に望む。中央はロシア総領事館。 さらに公園を進ん…

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外灘源 旧英国駐上海総領事館周辺

2015年8月 外灘の裏側、外灘源と称する圆明园路、滇池路、旧英国駐上海総領事館を訪れた時の様子。 外灘の周辺地図。 まず北京東路から圆明园路を曲がり北上、呉淞江を目指す。この通りの主要な建築物はほぼ上海市の優秀歴史建筑に指定されている。写真は手前 「安培洋行大楼」、奥 「圆明园公寓」。「安培洋行大楼」は1907年、「圆明园公寓」は1904年に建造。 振り返る。右は「协进大楼」。1923年生まれのお姉さん達の撮影風景が写ってしまった。間違い、「协进大楼」が1923年建築、お詫びして訂正します。 旧英国駐上海総領事館の敷地の半分くらいは「上海半岛酒店(ペニンシュラホテル)」として2009年に開業している。写真は旧総領事館の敷地の北外れに建つ「原新天安堂」。 旧総領事館、現在は「金融家倶楽部」。後ろは陆家嘴のビル群。 別角度から。 上海市優秀歴史建筑を示すプレート。 南蘇州路にある「原划船俱乐部」ビル。後ろは「上海大厦」。 外灘側に出る。「上海半岛酒店(ペニンシュラホテル)」の隣の「東方匯理銀行旧址」ビル。 外灘に建つ歴史建築物を眺め始めるときりがないので、滇池路で曲がる。圆明园路を越えると見えてくる「仁記洋行」ビル。1908年竣工、こちらも上海市優秀歴史建筑に指定されている。 上海市優秀歴史建筑を示すプレート。 そのお隣。「旧通和洋行」、現「業広地産有限公司」。こちらも1908…

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外灘

2009年5月に外灘を訪れた時の様子。外灘は何度かぶらっと訪れてはいたが、あまりにも観光名所として有名すぎるので、あえて写真を載せなかったが、大きな変化があったのでご紹介したい。 外灘の地図。 いつもと変わりのない外灘の写真だが、ちょっと変化がある。そう、外灘沿いの通り中山東一路が一部封鎖されている。 中山東一路が一部封鎖されている様子。 こんな具合に。 フェンスの内側に入り込むと、そこでは本格的に地下を掘っている。ちょっとしたインフラ絡みの工事、水道や電設工事ではなさそう。地下鉄の計画はないはずなので、なんだろう?。 地下道でも作っている感じである。 延安東路側まで歩き、外灘全体を撮影。中央にグリーンのネットで覆われた和平飯店が見える。 黄浦江沿いの遊歩道に出る。対岸の陆家嘴の様子。 折角なので、対岸を撮影。  遊歩道の南側の様子。 北側。 北側を進むと、工事のため途中までしか行けない。 後日調べたら、どうやら中山南二路から吴淞路まで繋がる全長3.3kmの地下道「外灘隧道」であることがわかった。2007年8月から工事が始まっている。外灘の目の前を通り抜ける地下道路とは恐れ入った。 続く

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東門路

2007年8月 浦東・東昌路から東門路まで渡し船に乗った時の様子。現在、東門路の乗り場はなくなってしまい、東昌路~東門路の路線の替わりに東昌路~復興東路、若しくは金陵東路の路線になっている。 周辺の地図。 今回は写真が少ないので、Google Earth先生を多用する。 まずは今から17年前の2000年5月の東門路周辺の様子。 東西に走る東門路と南北に走る中華路の交わる地点の東南の位置に広大な空き地がある。後に鴻琦祥商城、滨江名人苑が建設される。鴻琦祥商城は服のオーダーメイド専門店が軒を連ねる「十六鋪軽紡面料城」で有名。その東には、すでに久事大厦が建っているのが見て取れる。 次に2006年11月の様子。撮影した写真はこの時期に近い。 2000年5月で見た広大な空き地にはすでに鴻琦祥商城、滨江名人苑が建設されている。逆に北東のエリアに密集していた住宅は解体撤去され広大な敷地に変貌している。ここには後年、「外灘金融中心」エリアに指定され、オフィス棟などが立ち並ぶ。また、復興東路と老太平洋弄の間の地区も、再開発が進んでおり、金外灘花園などが建てられた。 最後に2017年3月 ほぼ現在の様子。 東門路にあったフェリー乗り場はもうない。中山南路周辺にも高層ビルが建設され、また外馬路(黄浦江岸)は現在急ピッチで整備が進められている。外灘に繋がる遊歩道にでも変貌するのだろうか? このウォーターフロントエリアの再開発は凄まじいものがある。これに比べ中華路の西側、南市…

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2003年 番外編 後半

2003年 番外編 前半の続き。 2003年7月 浦東・北張家浜路周辺。浦電路と塘橋の中間に位置する。 張北浜に架かる橋のすぐそば。見事に「拆」とマーキングされた撤去予定住居群。その後この場所には東旅大廈が建設される。 後ろは嘉徳公寓。 周辺の一角。爺様達の憩いの場。 2003年7月 浦東・東昌路。建設中の南洋商业银行大厦。オレンジ色の鉄骨はガラス張りのビルに変身。 南京東路・歩行街。上海置地広場。 浙江中路との交差点より世紀広場方向を見る。 虹口周辺。 東方明珠から見た浦西、虹口方面。手前が黄浦江、呉淞江に架かる外白渡橋が見える。その先が上海大厦。現在は無いが呉淞路に架かる呉淞路橋も見える。 北に目を移すと、大名路周辺に民家が密集している様子が見える。 さらに北に向けると、東大名路と東長治路に挟まれたエリアに民家が密集している様子が見える。この辺りは後に地下鉄12号線が開通し再開発が進んだ。 2003年8月 雨上がりの延安東路。 雨上がりの淮海中路、太平洋百貨店(そごう)前。 えらいことになってる。 2003年6月に完成した卢浦大桥を鲁班路から見上げる。 外灘から見た陆家嘴。 上海大厦から外灘を望む。 呉淞江に架かる外白渡橋と今はもう無くなってしまった呉淞路に架かる呉淞路橋。 2003年9月 外灘の夜景。 東にレンズを移し、陆家…

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2002年 番外編

2002年に撮影した写真で、取り上げなかったものをいくつかご紹介したい。 まずは、浦東 商城路。Google Mapで場所を確認。2007年、地下鉄9号線が開通した。 2002年3月撮影した商城路。奥に黄浦江が見える。中央の敷地に後年匯豪天下が建設される。 左は建設中の江臨天下。 角度を北向きで撮影。手前は洋泾·菊园实验学校。 2002年8月。東方路にある日航中油ホテルから東方向を眺める。中央を斜めに流れる張家浜。それと交差するのが楊高南路。左手奥が上海科技館、河を挟んだ反対側が後の东和公寓や日本人学校が建設される用地。 2002年9月 夕暮れの外灘。 滨江公园から対岸の上海大廈方向を撮影。 2002年10月 南京東路 歩行街。国慶節の休みで人が多い。 2002年11月 南京の街並み。 ホテルより西向きで撮影。背景の山は清凉山公园? 南西向きで。 南京一の繁華街 新街口。 地下鉄工事中。 つづく

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2001年 番外編

1つのテーマにまとめきれなかった2001年撮影の写真をアップします。 まずは、陆家嘴のシンボルである東方明珠。こうして見ると対岸の浦西にはまだ超高層ビルはほどんど見あたらない。撮影は2001年7月。 北西に向きを変えて。 西蔵中路と南京東路の交差点に架かる円形歩道橋より南京東路を撮影。左は上海第一百貨、右は百聯世茂国際広場が出来る前の商店。1年後の2002年8月にはすでに撤去されている。 撮影は2001年9月。 夕暮れの外灘。撮影は2001年9月。 対岸からの夜景。撮影は2001年9月。 サイドからの夜景。中央に緑の帽子の和平飯店北楼が見える。撮影は2001年11月。 徐家汇。写真中央の球体のショッピングモール美羅城のほか、1991年開業の汇联百货、1992年開業のの東方商厦,1999年の港汇广场(ツインタワーは未建設)、太平洋百货、六百货など当時から商業施設が充実していた。撮影は2001年9月。 右が東方商厦。奥へ向かう通りは漕溪北路。 つづく

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