上海駅北口 大幅加筆

昨日のことだが、約1年前、このブログの初期の記事(2016年11月30日、12月2日)で取り上げた 13年ぶりに上海駅(上海火车站)北口を歩く 13年ぶりに上海駅(上海火车站)北口を歩く Part 2 を大幅に加筆した。場所が特定できなかったため掲載しなかった十数枚の写真を、もう一度地図や航空写真とにらめっこし、ある程度場所が特定できたので追記した。 すでに読まれた方も、良かったら一読ください。 今見ても、よくもまあこんな写真を撮ったものだと、我ながらその物好きさ加減に呆れるのだが、当時の様子を伝える写真はそう多くは残っていないだろう。 現在の上海駅北口の姿だけを見ていると、とても10数年前の寂れた姿を想像できないかもしれないが、確かにそこに存在していたのである。 時間が経つのは早い。街の外観だけでなく、人の考えも急速に変わっていく様子をこれからも取り上げていきたい。 上海駅北口の様子をGoogle MapとGoogle Earthの航空写真で見て見たい。 2012年12月 駅北口の西部エリア(第1期)の再開発が進む。 2009年4月 駅北口の東部エリア(第2期)の再開発が進む。 2017年4月 ほぼ現在の姿。北口の中興路以北の西部エリア(第3期)の再開発が進められている。 注) 第1期〜第3期は私が勝手に名付けたもの。 つづく

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安徽省の旅 5 渔梁村

2003年10月、安徽省黄山周辺の旅の最後に訪れた渔梁村の様子。渔梁村の始まりは唐の時代に遡る歴史ある古鎮。新安江の支流・练江に作られた渔梁坝(堰、ダム)が観光の見所。この堰は隋の時代から建造が始まり、明の時代に現在の形になったということらしい。隋の時代ということは、西暦600年前後ということだから、悠に1400年以上経過しているということ。 渔梁村の位置。 渔梁村周辺。 屯渓からバスで移動中に見かけた道路案内と何か良く分からないが石の塔。歙県方向に向かう。 新安江の支流・练江にかかる橋。 练江の下流の様子。 上流側にある渔梁坝(堰)を遠くから眺める。ここは川幅が急に狭くなるため、堰を造り水を貯めて魚を獲りやすくしたのではなかろうか? 地形からして治水目的とは思われない。写真は堰の下流側になるので水量が少ない。 堰の上流側の様子。 渔梁坝の碑。 渔梁村を散策する。なんでも魚の形をしているので、このような村の名前が付いたとか。これは村の入り口の様子。 黒い屋根瓦と白い壁、古びた徽州式建築が連なる。 古びてはいるが、門には素晴らしい彫刻が施されている。 土産物屋一つない通りをひたすら歩く。全然観光化されていない。 村の人が集まっている。恒例の大討論会かと思いきや、和やかに談笑している。 先を急ぐ。 ひたすら歩く。 地元の人向けの雑貨屋さんを見つけたがそれ以外は本当に何もない古民家街。通り一つ向こ…

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安徽省の旅 4 屯渓老街

2003年10月、黄山旅行の続き。黄山市内屯渓区の新安江北岸にある屯渓老街を訪れた時の様子。 黄山市屯渓区の地図。 屯渓老街は明・清の時代の徽州式建築の古い商店が立ち並ぶ観光スポット。今回は西側(裏側)にある門より老街に入る。 石畳の狭い通りに土産物屋さんやお茶屋さんなどが軒を連ねる。この辺りは西の外れになるので、人の往来も少なくちょっと寂しい。 少し前まで雨が降っていたので、青や緑のシートが軒先に吊るされている。 地元の人が多いかな、観光客をあまり見かけない。 段々賑やかになってくる。比較的若い人が多いと感じる。 お茶屋さん。地元の名産黄山毛峰、祁門紅茶などが売られている。 この辺りはお茶屋さんが軒を連ねる。 東に向かい通りをズンズン進む。 萬粋楼博物館。徽州古建筑造りの民家と庭園からなる広さ2000㎡の私設博物館。中には屯渓の歴史や徽州古建筑の解説、800を超える蔵書、展示物があるという。残念だが外観だけ拝むとする。 勿論、地元名産「歙硯」(すずり)も売っている。 同徳仁。1863年に開業した140年の歴史ある薬屋さん兼お医者さん。現在は薬屋さんだけのようだ。パブのカウンターと違いまっせ。 テレビドラマで見るような内部の様子。お客さんの症状に合わせて各種漢方薬を調合するのでしょう。脈々と受け継がれてきた時間の重み、すごいとしか言いようがない。 真珠、玉石も売っている。 東側の入り口。牌坊が見え…

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張家界 その2

2003年9月の張家界旅行の続き。 武陵源風景名勝区の地図。 索渓峪自然保護区にある黄龍洞。なんでも10万平米もある巨大なカルストの鍾乳洞らしいが、なんかサクッと回っただけだった。 中は特段、何かライトアップされているわけではなく、フラッシュの具合が良くないのか、ちゃんと写っているものが少ない。お見せできるのはlこれくらい。 張家界国家森林公園入口。ここは武陵源風景名勝区の南西部にある。 周辺の様子。向こうに昨日山頂から眺めた奇岩が連なる。 今回は下から奇岩を見上げることになる。 清流に沿って散策道が作られている。 上から眺める景色と違い、下から奇岩を眺めた様子。 次から次へと現れる奇岩。 かなり尖った奇岩もある。 けったいな形。 ズンズン歩く。 このような散策道をひたすら歩く。 間近にそびえる奇岩。 だんだんお腹いっぱいになる。 それでもひたすら歩き、写真を撮る。 広場に出る。ここには「張家界」と刻まれた岩が置かれている。名前が掘られているが、この人は至る所に自分の名を刻んでいるな。左は水車かな。 ここが絶景ポイントなのだろう。 これで散策は終了。張家界市内に戻る。遠くにシルエットのように奇岩の山々が映り込む。 張家界はこれにて終わり。

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安徽省の旅 3 西逓・宏村

2003年10月、黄山の南麓にある西逓・宏村を訪れた。この二つの村は「安徽南部の古村落」として2000年に世界遺産に登録された。1000年の歴史があり、明・清の時代の建築物が多く保存されている古鎮。西逓は「桃花源裡人家」(桃源郷)、宏村は「中国画里郷村」(水墨画のような美しい村)とそれぞれ呼ばれている。黄山市内から西逓まで約50km、宏村はそこから5kmくらい離れている。 安徽省の旅 1 黄山 安徽省の旅 2 棠樾牌坊群の続き。 西逓の地図。 西逓古村の周辺。 バスで西逓に向かう。乗り場では恒例 朝の大討論会。 西逓の案内図。 バスを降りしばらく歩くと牌坊が見えてきた。その手前には池、左手には土産物屋が並ぶ。 これはでかい牌坊だ。いかに裕福だったかが分かる。 西逓の案内板。 さあ、いよいよ中に入る。 黒い屋根瓦と白い壁、中は細い路地が入り組んでいる。 どの家も防火壁が素晴らしい。日本風に言うと「うだつ」。立派にうだつが上がってます。 石に彫ってある彫刻が見事である。これだけの手間暇かけるのだから、相当裕福だっただろう。 少し広い通りに出る。写生をしている人を時たま見かける。 「中秋節の時、我が家の豚を屠殺するのでみんな買いに来て」という手作り広告。POPだ! どんどん進む。きちんと手入れされているのか、白壁は黒ずんでいない。 えらく細い通りが入り組んでいる。 屋根の形…

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安徽省の旅 2 棠樾牌坊群

2003年10月、安徽省の旅 1 黄山 の続き。次に歙県郑村镇棠樾村にある棠樾牌坊群を訪れた。 明・清の時代、徽州の商人(新安商人ともいう)たちによって建てられた家族の記念碑の一つであり、「忠誠、孝行、正義、親孝行」に従って7つの牌坊が配置されている。安徽省は今でこそ中国一貧しい地域などと言われているが、この時代、この地区は塩業で大変裕福だったと聞く。 郑村镇棠樾村の地図。 棠樾牌坊群周辺。 入口近くにある祠。 さて、中に入る。1番目の立派な牌坊がお出迎え。これはすごい、これまで見た牌坊の中でも強く印象に残る。これが7つあるのだから壮観である。 振り返る。逆光のため、画面全体が暗い。2台のデジカメを駆使したが、これを撮影したカメラは色調があまり良くない。 2番目。 1番目と2番目を斜め横から。 1番目と2番目の間にある鮑氏一族の祠。この牌坊群を建造した一族である。 祠の中の様子。 右側面。「忠」、「孝」。 左側面。「廉」(高潔)、「節」。 左 鮑氏一族の祠と2番目から4番目まで。 3番目 あれ、いつの間にかおばあさんがいる。 3番目から振り返る。 4番目。 4番目から7番目まで。 4番目から振り返る。 斜め横から。 5番目を振り返る。 棠樾牌坊群を後にして黄山市内に戻る途中、立派な牌坊を見つけたので立ち寄ることにした。 …

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