四川省への道 6 最終章 成都編

四川省への道の最終章 成都編。時は2003年11月。 前回のブログ 四川省への道 1 広元 四川省への道 2 阆中古城 四川省への道 3 南充、成都、そして黄龍渓鎮 四川省への道 4 宝光寺と孝泉村 四川省への道 5 洛帯古鎮 成都市内の地図。 洛帯古鎮から成都市内に戻る。市の中心にある天府文化广场の夜景。中央は白く輝く毛沢東像。 広場の様子。 天府文化广场の裏の露天商が多く出ている通り。 天府文化广场近くの大業路の様子。 幌付き自転車が多い。これに乗ってホテルまで帰るとする。 大業路から北を見る。建設中の中環広場のツインタワーが見える。この辺りは天府文化广场から東に200mくらい、市の中心に位置する。 四川省の旅の最終日。まずは文殊院を目指す。文殊院は隋の時代に建造された园林が基で、その後仏教寺院と一体化したとのこと(by ウキィペディア)。寺院なのでカラーは勿論イエローである。  境内の様子。 文殊院千佛和平塔。 文殊院を後にする。 文殊院近くの陳麻婆豆腐。調べて見ると、成都市内にあと2店舗ある。ちなみに日本にも出店しており赤坂など6店舗ある。 天府文化广场内にある成都市体育中心。TV中継か何かイベントが行われている。 朝の天府文化广场の様子。 昨晩遠くから眺めたが、最近滅多にお目にかからない毛沢東の像。 天府文化广场の西に位置する通恵門路に面した琴台…

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四川省への道 5 洛帯古鎮

四川省への道 4 宝光寺と孝泉村 の続き。 時は2003年11月。 徳陽に宿泊し、早朝成都に戻り、洛帯古鎮を目指す。成都から約20kmの距離。Google Mapで場所を確認。 市内の地図。 洛帯鎮は三国志の時代、劉備の息子劉禅が帯を落としたことからその名がついたと言われている。また、明末期から清の時代にかけて、湖南省や広東省から多くの人が移り住んだ、所謂客家の住む古鎮であり、独特な雰囲気のある建築物が特徴的。 さて、洛帯鎮に到着。下街の入り口にある案内板。 下街を進む。化粧品屋さん、スナックなどの軽食店、普通の下町といった感じ。 右はケーキ屋さん、その横は靴下など足回りの雑貨屋さんなどなど。 さらに進むも雑貨屋さんや普通の民家が続く。 右に緩やかに曲がっている。 全然観光地化していない普通の古い街並み。 あまりにも普通、地元の人向けのお店ばかりだったので少し不安になったが、ようやくそれらしい建物が見えてきた。湖広会館である。1746年湖西省・広東省からの移り住んだ人達が建造した集会所のような建物。広さ2771m2。「禹王宮」とも言われている。独特な色彩が目を見張る。 さらに近付く。この辺りの商店はさすがに小綺麗だ。正門の右隣はお医者さん、そして洋服屋さん。 正面からのアップ。車が邪魔でした。 中の様子。なにやらおばあちゃん達が並んでいる。体操でもするのか? 湖広会館を後にして下街を先に進む。観光用の三輪車かな。道…

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四川省への道 4 宝光寺と孝泉村

四川省への道 3 南充、成都、そして黄龍渓鎮の続き。時は2003年11月。 黄龍渓鎮から戻り成都に宿泊。早朝の市内の様子。 小学生の登校の様子。 出勤の様子。 朝の体操、いや太極拳? おばさん達はいつも元気だ。 さて、徳陽市に向かう途中に宝光寺があることに気付いた。折角なのでここに寄ってから徳陽経由孝泉村に向かうこととした。宝光寺は全国重点文物保護单位の一つ。唐の時代に建造されたが、明の時代に焼き討ちにあったようで、現在のものは清の時代に再建された。その場所を地図で確認。 宝光寺の正面入り口。 境内に入る。 舍利塔。歪んで見えるのはカメラの性能問題です。 七佛殿。 大雄殿。 念佛堂。 罗漢堂の入り口。 中の様子。 宝光寺近くのバス乗り場の様子。 徳陽駅行きのバスに乗り込む。 孝泉村の場所を確認。 村の地図。マーキングは姜孝祠。 徳陽駅より孝泉鎮に向かう。 孝泉村は『二十四孝』( 中国において後世の範として、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた書物)に登場する姜詩の故郷。姜詩の母は、いつも綺麗な川の水を飲みたい、魚を食べたいと言っていた。姜詩と妻は、いつも長い距離を歩き、母に水と魚を与えてよく仕えた。するとある時、姜詩の家のすぐ傍に綺麗な川の水が湧き出て、毎朝その水の中に鯉がいたという儒教的な話。これにより孝泉という名がついたとのこと。(ウキィペディア『二十四孝』より)…

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四川省への道 3 南充、成都、そして黄龍渓鎮

四川省への道 2 阆中古城の続き。 時は2003年11月。 南充市の位置を確認。阆中市から138km。 市内の地図。市の中心を長江の支流である嘉陵江が流れる。 阆中より南充に向かうバスに乗り込む。車窓から見た嘉陵江の風景。 18時40分 約3時間で南充バスターミナルに到着。 市内の様子。市の中心にあるロータリー。 夜景。 露天商。 繁華街の様子。 この周辺に宿泊。翌朝の様子。 早朝、バスに乗り込み南充を出発。12時半 成都に到着。 市内の様子。 宿泊した成都飯店の様子。何気なく撮影したが、2012年に爆破解体されたとのこと。在りし日の勇姿。 市内を流れる錦江に架かる橋の様子。 どこを歩いたか覚えていないが、なかなか香ばしい住宅街に出る。 樹木に隠れているが、後ろの高層ビルとの対比が一層寂れた感を醸し出す。 広い通りに出る。 双流県东升に移動。 周辺の様子。 东升より黄龍渓鎮に移動。成都から42kmの距離。黄龍渓鎮は中国歴史文化名镇の一つで、2100年の歴史があると言われている。古鎮全体は七つの街(比較的大きな通り)と九つの巷(狭い通り)からなる。清の時代の建築物が数多く現存している。入り口にあるゲート。 ゲートを抜けると観光用の幌付き三輪車群がお出迎え。 ズンズン歩いていく。石畳の通りに出る。 お揃いの青い垂れ幕が連なる。地元…

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四川省への道 2 阆中古城

四川省への道 1 広元の続き。時期は2003年11月。 阆中市の位置を確認。広元から150km、南充から138km、成都から330kmの距離にある。阆中は商周の時代より巴国の重要拠点として栄え、2300年の歴史があるという。風水を基に作られた街並みと明清の時代に作られた住居は独特なものがある。張飛が部下の裏切りにより殺害された場所としても知られている。 阆中市の様子。嘉陵江が大きく湾曲している自然の要塞で、古くからの中心都市として栄えた。但し、鉄道は通っておらず、広元か南充、成都からバスで移動するしか手はない。 翌朝9時、阆中市行きのバスに乗り込む。 途中の風景。 休憩タイム。アヒルがお出迎え、アフラックの保険代理店ではない。 13時45分 阆中長距離バスターミナルに到着。約5時間の道のり。思ったより時間がかかった。本日中に南充まで移動する予定なので、滞在時間が限られてしまうのが痛い。今にして思えば、先を急いだが、もっと時間を割けばよかったと後悔。 さて、地図を片手に阆中古城を目指す。当時、どのように歩いたか覚えていないが、確実に近づいている感はする。この通りは石畳も新しく、最近整備されたようである。 と思いきや、さらに進むとその先は普通の民家の風景に戻る。 さらに進む。 いい感じの商店街に出る。 整備が行き届いている。 少し寂れてきた。 ここは舗装されていない。 白かべの商店が連なる。 この通り…

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四川省への道 1 広元

2003年11月、四川省への旅行を思い立った。四川省は三国志所縁の場所、登場人物が関係する名所旧跡が多く、そして何と言っても、明代、清代の古鎮が多く、いつか深く深く訪れたいと思っていた。 今回訪問の目標は最低でも以下の4箇所。 阆中市:張飛が殺害された場所 徳陽市孝泉村 成都市双流县黄龙溪 成都市洛帯古鎮。 まず、四川省の地図。列車の下車駅である広元駅の場所を確認。 広元市の位置。 往きの寝台列車だけ予約し、宿泊はその日どこまで移動出来るか分からぬため行き当たりばったり。帰りはしんどいので飛行機とだけ決め出発。 さて、乗車した列車に関するデータは残っていないが、現在の列車時刻表を見るとK290という 上海発成都行きがある。写真の撮影時刻と照らし合わせると駅到着時刻がほぼ一致しており、この列車と思って間違いなさそう。なお、成都行きのルートは今回乗車した西安経由と重慶経由があり、後者であれば半分以下の15時間前後で到達する。 K290の時刻表 (停車駅名 到着時間 発車時間 停車時間) 01 上海 08:50 08:50 ---- 02 苏州 09:55 10:00 5分钟 03 无锡 10:28 10:32 4分钟 04 常州 10:59 11:02 3分钟 05 南京 12:41 12:47 6分钟 06 滁州北 13:33 13:37 4分钟 07 蚌埠 15:01 15:18 17分钟 08 宿州 16:18 16:22 4分钟 09 …

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