呉淞江を遡る 14

前回13回目より少し間が空いたのは、呉淞江を取り上げ続けたことで、思わぬ反応が各方面より集まり、てんやわんや、否、獅子てんや・瀬戸わんや状態(どういう状態?)というようなことは全くないのだが、久しぶりに呉淞江を遡るの続き。前回、呉淞江を遡る 13 で下流から数えて22番目の橋・凱旋路橋までやってきたので、今回はこの続き。 これまで歩いたルートのおさらい。 凱旋路橋周辺の地図。 2017年12月。この日は軌道交通4号線の金沙江路駅で下車し、凱旋北路を南下、凱旋路橋を目指す。1kmまではないが、結構距離がある。凱旋路橋の脇を進み、ようやく呉淞江が見えてきた。 光復西路にぶつかる。そこを右折し、上流を目指すと前方に23番目の橋・中山北路橋が見えてくる。中山北路には幾つか橋が架かっているので、正しくは中山北路三号橋西橋と百度地図に書いてあった。 来た道を振り返る。ちょうど軌道交通が走行して来た所。 凱旋路橋を振り返る。 中山北路三号橋西橋の手前。内環高架路が並走している。 橋の下から上を見上げる。 橋を潜るとちょっとした市場がある。庶民的なバラック作りの香ばしいマーケットだ。 中山北路三号橋西橋周辺の地図。 前方の様子。逆光で少し見づらい。対岸は万航渡路。建設中の建物の骨組みが見える。 振り返って橋を眺める。すでに書いたように内環高架路北回り部分である。 対岸に倉庫のような古い…

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第一八佰伴(ヤオハン)周辺 1

2018年最初の記事。 約1年前、「上海第一八佰伴(ヤオハン)」近く、张杨路周辺の再開発の様子(第一八佰伴(ヤオハン)周辺1)を書いたが、未使用の写真が結構あったので大幅に追加した。そのため、1本のボリュームが増え過ぎたので、以下の2つに分けた。 ・第一八佰伴(ヤオハン)周辺 ← 良かったら眺めて見てください。 ・第一八佰伴(ヤオハン)周辺 1 ← 本記事 Google Map 上海第一八佰伴(ヤオハン)周辺 の地図。 2002年1月 张杨路の黄浦江近くに建つサービス・アパートメント「湯臣商務中心大廈」から見た朝焼けの様子。右は建設中の超高級マンション「 世茂滨江花园」1棟目。中央奥に「東錦江希爾頓逸林酒店(ダブルツリー・ヒルトンホテル)」が見える。写真の左下から斜め上に走る通りは浦城路。 その「 世茂滨江花园」の周辺の様子。右側には民家、倉庫などがまだ残っている。後年、この辺りは全て解体撤去され、「 世茂滨江花园」の他、同じく高級マンション群「滨江凯旋门」、緑地公園に生まれ変わる。 西南の方向にカメラを向け黄浦江を撮影する。 少し南にずらす。黄浦江岸の埠頭、倉庫の様子が見て取れる。遠くに南浦大桥が微かに見える。 「湯臣商務中心大廈」前より東向きで撮影。中央が「第一八佰伴」、その後ろに建設中の円柱形をした「生命人寿大厦」が見える。 「江临天下」の建設現場から陆家嘴方向を望むと「東方明珠」の1 つ目のお団子が見える。その手前は高…

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浦西 光復里・合徳里

2015年1月 光復里、合徳里を訪れた時の様子。ここは、上海で最も劣悪な環境の中で多くの人が今尚暮らし続ける場所である。最盛期には2000人を超える人々が暮らしたという。エリアの半分ほどはすでに解体撤去が進み、高級高層マンションに生まれ変わったが、残り半分は立ち退き交渉が進まず工事が中断していると聞く。トップギアで発展を続ける上海の影の部分を見るため現場を訪れた。 場所は吴淞江(蘇州河)に沿って走る光復西路と東新路に挟まれたエリア。 光復里、合徳里の場所。 周辺の地図。 Google Earthの航空写真。 2000年11月 冒頭のエリアには民家が密集しているのがよくわかる。 2004年5月 エリアの右側(東側)、河寄りの部分から解体撤去が始まっているのが分かる。 2017年4月 驚いたことに、左側(西側)は今尚現状のまま。 さて、東新路を西に向かい歩いていると見えてくる光復里、合徳里の北門。 門をくぐり中に足を踏み入れる。この路地を挟んで、右サイドは今尚多くの人が住む生活エリア、そして左サイドは取り壊しが放置された瓦礫の山のエリア。その後ろは高層マンション「新湖明珠城」。 放置された民家と瓦礫、そして高層マンションが同居している様。 取り残された民家。勿論、人が住める状態では無いようだが。 来た道を振り返る。右側は家屋の解体が進んでいるエリアだが、放置された民家にはまだ多くの人が住んでいる。 前に進…

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浦西 石泉村

2014年12月 地下鉄3、4、7号線「镇坪路」、若しくは地下鉄7号「岚皋路」駅から徒歩約10分の場所にある石泉村地区、通りで言うと寧強路、漢陰路(汉阴路)を訪れた時の様子。この一角で住宅の解体撤去が行われているとの情報を聞きつけたので、早速出かけた次第。天気は良かったが、寒い一日、こんな日にわざわざ出かけるのは、物好きといえば物好きなのだが、古いものが壊され、新しく生まれ変わる過程をこの目で見ておきたいという衝動が成せるわざ。5年後、10年後、再び訪れた時の風景の変わりように驚くのが、堪らなく心地よい。 石泉村の場所。 石泉村の周辺。 次にGoogle Earthの衛星写真を見てみる。中央右寄りのエリア、光新路と漢陰路(汉阴路)に挟まれた場所がまさに解体撤去作業中。 2014年12月 解体作業中 2017年4月 高層マンション建設中 ここは、2003年4月に訪れた 軌道交通3号線 中潭路駅 で取り上げた三角地帯の隣になる。 さて、この石泉村だが、この地区は石泉一村から三村、五村、六村がある。その地区の中を走る寧強路の様子。歩いている人もまばらで、寂れているかと思いきや……。 反対側には市場があるので、買い物客で賑っている。 さて、漢陰路(汉阴路)に目をやる。そこは、まさに解体撤去中の別世界。人は住んでいない模様。 奥に見えるのは高層マンション群「上海香溢花城」。 今はもう存在しない通りに入り込む。奥の方は人がまだ…

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曲阜路駅周辺と七浦路・服装批发市场

2013年6月、西蔵北路、海寧路、浙江北路、曲阜路で囲まれた地区と七浦路・服装批发市场を訪れた時の様子。地下鉄8号線、12号線「曲阜路」駅の北東側に位置する。 2003年5月に訪れた 甘粛路 開封路 熱河路 2002年8月に訪れた七浦路 服装批发市场 1 の続編。 「曲阜路」駅周辺の地図。 2010年年末、「曲阜路」駅に直結する形でショッピングモール・「大悦城 Joy City」が開業。その後もオフィス棟、住居棟の建築が進み、今年2017年にはフル開業予定とのこと。この「大悦城 Joy City」は中糧集団(COFCO)による開発なのだが、同社は中国最大の食品会社で、不動産デペロッパーではない。しかしながら、上海の数あるデパート、ショッピングモールの中、ここはトップクラスの人気とのこと。顧客ターゲットの絞り込みが成功したことと食品会社だけに飲食店の充実が人気の秘訣か?昨年2016年末には日本食のフードテーマパーク「拉面竞技馆!(ラーメン・アリーナ)」が開業。とんこつラーメンが食べたくなると、なんどもこちらには足を運んだ。 さて、その「大悦城 Joy City」の東側の再開発エリアを見てみたい。 まずは、熱河路(热河路)の様子。七浦路とのT字路附近。建屋は残っているが、住人は誰一人居ない もぬけの殻状態。いずれ取り壊され再開発される。 通りの反対側も同様。 ちょうど10年前、2003年5月、熱河路を訪れた時の様子。ほぼ同じ場所、同じアングルで撮…

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真如古鎮から西康路へ

2004年5月、地図を見ていたら上海市内の北西部に「真如古鎮」というのを見つけた。どんな古鎮なのか気になったので、下調べはせず、とりあえず出掛けた時の様子。現在なら、地下鉄11号線「真如」駅がほど近い。当時は勿論地下鉄は開通していないのでバスに乗って出掛けた。 真如古鎮の地図。 真如古鎮の周辺の地図。 真如古鎮近くの武寧路でバスを降り、蘭渓路を曲がるとすぐ見えてくる「真如古鎮」の牌坊。 赤い提灯の飾り付けと古そうな商店が連なってはいるが、その先は普通のアパートが並んでいる。これ古鎮? しばらく歩くと白い塔が見えてきた。恐らく、この塔のあるお寺の門前町なんだろうと想像する。 お寺の周辺は結構賑やかだ。 桃浦という名の川(運河)を渡って全体が見える場所を探す。これが「真如寺」。調べたら、1200年頃の宋の時代に別の場所に建造されたそうだが、1320年元の時代にこの地に移った歴史ある寺院のようだ。白い塔は「真如塔」といい、10層からなる。日本軍による占領、文革により破壊され、現在のものはそれ以降に修復されたという。故に、この地は「真如古鎮」ということ。今回は中に入らず、散策を続ける。 北石路を進む。 大渡河路だと思う。 しばらく歩くと北石路の真西新村にでる。 次に吴淞江(苏州河)を見ようとバスに乗る。 吴淞江周辺の地図。 2004年5月のGoogle Earthの航空写真。 地下鉄3号線「…

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