曲阜路駅周辺と七浦路・服装批发市场

2013年6月、西蔵北路、海寧路、浙江北路、曲阜路で囲まれた地区と七浦路・服装批发市场を訪れた時の様子。地下鉄8号線、12号線「曲阜路」駅の北東側に位置する。 2003年5月に訪れた 甘粛路 開封路 熱河路 2002年8月に訪れた七浦路 服装批发市场 1 の続編。 「曲阜路」駅周辺の地図。 2010年年末、「曲阜路」駅に直結する形でショッピングモール・「大悦城 Joy City」が開業。その後もオフィス棟、住居棟の建築が進み、今年2017年にはフル開業予定とのこと。この「大悦城 Joy City」は中糧集団(COFCO)による開発なのだが、同社は中国最大の食品会社で、不動産デペロッパーではない。しかしながら、上海の数あるデパート、ショッピングモールの中、ここはトップクラスの人気とのこと。顧客ターゲットの絞り込みが成功したことと食品会社だけに飲食店の充実が人気の秘訣か?昨年2016年末には日本食のフードテーマパーク「拉面竞技馆!(ラーメン・アリーナ)」が開業。とんこつラーメンが食べたくなると、なんどもこちらには足を運んだ。 さて、その「大悦城 Joy City」の東側の再開発エリアを見てみたい。 まずは、熱河路(热河路)の様子。七浦路とのT字路附近。建屋は残っているが、住人は誰一人居ない もぬけの殻状態。いずれ取り壊され再開発される。 通りの反対側も同様。 ちょうど10年前、2003年5月、熱河路を訪れた時の様子。ほぼ同じ場所、同じアングルで撮…

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河南中路から海寧路まで

2008年1月 天気は良好だが寒い1日、河南中路から河南北路、江西北路を経由して海寧路まで散策したのでその時の様子。 まずは、河南中路周辺の地図。 河南中路と天津路の交差点付近から南側を見る。中央は南京東路に面した華東電力大楼、その右は建設中のForever21。その手前、左側は間も無く建設が始まる新世界大丸百货の用地。右奥は冠をかぶった外灘中心ビル。 地下鉄10号線の工事のため、河南中路は一部閉鎖されており、左サイドに迂回路が設けられている。 寧波路との交差点辺りから反対側、北方向を見る。この先は北京東路。写真左、北京東路との交差点の西の角は国華大楼。 北京東路との交差点付近。 河南中路を北に進む。呉淞江に架かる河南中路橋の補修工事中。 バスがすれ違う。道幅が狭くなっているので、結構難儀してる。 呉淞江を西向きで眺める。福建北路に架かるアーチ型の橋が見える。右は河浜豪苑、その左隣が華僑城蘇河湾西区。 橋の下側に回り込んで、工事の様子を見る。 正面に何やら古めかしい建物がある。 その建物の前を上から覗く。 後で調べて見ると、上海总商会の旧址と判明。元は、清の時代、政府高官が外国に出発する際に駐留した官邸(出使大臣行辕)。1899年、租界が拡張された際、この場所も租界エリアに含まれたが、ここと天后宫のみ中国政府の官地として飛び地のような形で存続。1995年に取り壊された香港の九龍砦城と同じ。 上海总商会旧址横の…

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七浦路 服装批发市场 2

先日、14年前の様子を取り上げたが、昨日、近くに用事があったのでカメラ片手に出掛けてきた。 噂には聞いていたが、余りにも大きく変貌していたので驚きである。 まずはGoogle Earthでの比較。 2002年7月 前回取り上げた画像。 「地図データ: Google、DigitalGlobe」 2016年12月 七浦路周辺に密集していた赤茶色の屋根(民家)は全くもって姿かたちが無くなり、大型店舗、高層ビル、マンション、もしくは更地に変貌してしまった。これが14年を経た再開発の姿である。 周辺環境が改善され、旧くて不便なものが、現代的な利便性に取って代わることは良いことなのかもしれないが、何故か朽ちていくさまには郷愁を感じてしまう。この地に生活してきた人々の喜怒哀楽が強制的に奪われ、一つの時間というか、そこに存在していた証しが消えてなくなるような哀愁を感じてしまう。 実は移転していく人たちは代替場所が与えられHappyなのかもしれないが、余所者であるおいらはできる限り記録として残していきたい。 「地図データ: Google、DigitalGlobe」 それでは、新旧比較。まずは、上海興旺国際服飾城。手前は河南北路。 20002年8月 2016年12月 垂れ幕が小洒落ている。後方には何やら高層ビルが。 20002年8月 これぞ七浦路。 2016年12月 道幅が格段に広くなり、大型店舗がつづくおしゃれな通りに変貌。なんだか南京東路みたいだ。…

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七浦路 服装批发市场 1

アパレルの卸売・小売り市場である七浦路 服装批发市场を撮影した2002年当時の写真をアップする。 1980年代中後期よりジーンズなどの服飾を扱う個人店舗が増え、90年代後半に大きく発展、同時に交通などの問題も発生したため、政府による規制が入り、大規模再開発を経て周辺の整備が進み、現在に至る。 【2017年12月19日 追記】 まずは、Google Map。 観光名所の南京東路から地下鉄で1駅の近さ。勿論、2002年当時、もよりの地下鉄は2号線なので、南京東路駅(当時は河南中路駅)から徒歩15分くらい。 周辺の拡大図。 続いて、Google Earth先生 2002年7月を見てみる。 この当時、開業していた大型店舗は恐らく「上海興旺国際服飾城」、「上海新七浦服飾市場」など、その他はまだ建設中。七浦路や山西北路に面した小さな店舗が連なる様子が見てとれる。周辺も赤茶色の屋根の民家が密集している下町風情の残る一角 「地図データ: Google、DigitalGlobe」 以下、撮影した写真をアップする。 撮影は2002年8月。 「上海興旺国際服飾城」などの大型店もあるが、ごちゃっとした小さな通りの方が好きなので、そちらメインに撮影。 まずは、河南北路と七浦路の交差するポイントに建つ「上海興旺国際服飾城」ビル。各種衣料品の卸・小売店舗が入居する。この七浦路・服飾市場一帯は、地元の人、観光客だけでなく、地方から仕入れにくる個人店舗・業者も非常に…

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