山東省淄博市周村 清代の古商城

2017年4月、山東省へ旅行に出かけた時の様子。欲張って済南、青島、泰山などを訪れたが、淄博市(シハク市)に清代に繁栄した古い街並みが残っていると聞き付けたので、雨が降りしきる中、夕方にも拘わらず無理を承知で出かけた。

淄博市は山東省のほぼ中央に位置し、山東省の省都済南に隣接。春秋戦国時代(紀元前11世紀から紀元前3世紀)に繁栄を誇った国家「斉」の首都があった場所。司馬遷が書いた「史記」に、ここ淄博で蹴鞠が流行したと書かれていることから、すわ、「中国はサッカー発祥の地」などと騒がれたらしい。なんかちょっと違う感じがするのだが。

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淄博市と周村の地図。
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周村古商城の拡大図。歩いた道のりを青線で。
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淄博市内中心部から約10km、思ったより近いのだがすでに夕方6時に近い。銀子市街という路地から古商城に入る。
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拡大した案内板。入門料70元(約1100円)と書いてあるが、夕方6時を過ぎたので免除!?。
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入り口付近のそれらしい雰囲気のある飲食店。
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銀子市街の様子。ご覧の通りの石畳の細い路地。両側に清の時代そのままの商店が並ぶ。
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途中で見かけた「大染坊」と書かれた建屋。この辺りはその昔、絹織物の交易が盛んだったため、染物屋さんかな。右側の像は何でしょう?
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銀子市街を進む。良く整備されている。
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振り返る。
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おお、こんなところにチケット販売所。本日は終了しましたと言わんばかりに窓にはカーテンが。
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看板を良く見ると、写真が掲げられた博物館や展示場所など9ヶ所に入場するには70元ですよということ。さすがに通りを歩くだけではお金は取られません。
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山東古電影博物館とある。
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立派な作りの建物。
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乾元銀号(銀行)旧跡とある。
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前方の様子。この辺りは銀行の並び、格調高げな建物が軒を連ねる。
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そりゃ〜そうでしょう、夕方6時を回ったんですから店じまいですよね。
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銀子市街から丝市街にでた所。ちょっとした広場になっている。
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左側に「今日無税」という碑が立っていたがその案内板。その時はさらっとしか眺めなかったが、後で調べて見たら、郡のクソ役人がここの商人達から税金を違法に取り立て、商人達が困っていた所、中央政府役人が違法な税金を払わなくて済むようこの碑を建て、税金の取り立てをやめさせたことからこの地が大きく発展したことに由来する。この碑にそんな歴史が刻まれていたとは。どこにでもこうしたクソ役人はいるものだ。
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銀子市街を振り返る。
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丝市街を左に折れ先に進むと、この先は旱碼頭。それを示す門構えになっている。
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丝市街を右に折れ反対側に進むと見えてくる「状元府」。
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状元とは科挙制度で最終試験で第一等の成績を修めた者に与えられる称号。
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丝市街の東側前方の様子。
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シルクを扱う商店が並ぶ。
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丝市街の案内板。
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門を潜って通りに出て、門を眺める。
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時間がないので駆け足で丝市街を戻る。
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細い路地を見つける。状元新街とある。
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丝市街を西へ向い銀子市街を過ぎたすぐにある大街を曲がる。その途中で米モービル石油社の旧事務所を見つける。1904年、この場所にモービル石油社の出先があったんだ。
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これまた格調高そうな商店を見つける。
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正面から眺める。KENT、HILTON、555とある。これは煙草だな。
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案の定、ブリテッシュ・アメリカ煙草社の営業所跡。この地に米煙草会社の営業所があったことに驚く。
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もう一枚全景をば。
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その近くにある鈴木洋行の事務所跡。綿、シルク、糸などを扱っていた。日本企業も進出していたんだ。
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「瑞蚨祥」とある。これは中国第一のシルクのブランドらしい。その店舗。
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灯りがついているようなのでまだやっているようだ。
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大街の前方。まだまだ商店が連なる。
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謙祥益紬布荘、福順号などの老舗が軒を連ねる。
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大街の北のはずれにたどり着く。大街の案内板。
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大街の入り口には立派な門が建てられている。
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もう時間がないので、大街を急いで戻り、丝市街に出て西に進み「旱碼頭」を目指す。「旱碼頭」とは商品の集散、物流の中心の意味。この地が如何に交易の一大拠点であったかを物語る。
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急げ急げ、来た道である銀子市街を急いで戻る。案内プレートが貼ってあるぞ。
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あれ、来るときに見落としたか、三井の事務所跡。
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誰も歩いてません。明るく見えるが、時刻はとうに7時を過ぎている。
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銀子市街入り口をもう一度振り返る。
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この後、雨が激しくなり、またタクシーもなかなか捕まらず大変だったが、無理してでも来てよかった。「山東省淄博市周村」、余り知られた観光地ではないが、清代の商城だけでなく、民国初期の歴史も垣間見られ記憶に残る場所である。

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