浦西 光復里・合徳里 2019年

一昨年の2017年12月に書いた記事 浦西 光復里・合徳里 の続編。

立ち退き交渉が頓挫し、一部は解体が始まり、一部は残存という上海一劣悪な環境で今尚多くの人が住むと言われていた「光復里、合徳里」に最初に訪れたのは2015年1月。 あれから約4年、その後の様子を確認するために先日訪れた。

結論から言うと、立ち退き交渉が進展した模様で、残存していた建物の撤去もほぼ終え、すでに一部エリアではマンション建設が進んでいた。

まずは場所の再確認。 Google地図上の赤い星マークがその場所。市内中心部をぐるっと回る地下鉄4号線「镇坪路」駅からほど近いローケーションにある。すぐそばには蘇州河(呉淞江)が流れる。

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拡大地図。赤く囲ったエリアが「光復里、合徳里」
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2002年以降の変遷をGoogle Earth Proで見てみたい。

2002年7月の様子。赤く囲ったエリアが「光復里、合徳里」。その右側は倉庫?のような建物が立ち並んでいる。

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2年後の2004年5月。 倉庫?だったエリアは綺麗に整地されている。
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5年経過した2009年4月。整地した部分には高層マンション群が完成。「光復里、合徳里」はそのまま。
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さらに5年経過した2014年4月。2009年の航空写真に比べると見やすくなっているが、 「光復里、合徳里」の状況に変わりはない。
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1年後の2015年9月。前回の記事で訪問した約8ヶ月後。北側エリア(写真上部)は撤去が始まっているが半分くらいは残存している。解体は始まったものの、立ち退き交渉が頓挫し暫く放置されていた時期。
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そして3年後の2018年10月。今から半年前の様子。よく見ると一部建屋が残っているがほぼ撤去されている。これで、再開発が加速されるものと思われる。
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さて、今回訪問したのは2019年4月25日。北側からエリア内に入り込む。
以前はここに北門があったのだが、すっかりきれいになっていた。左側はマンション建設の基礎工事が始まっている。
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2015年1月に訪れた時、この場所に北門があった。通りの左側にも住宅が立ち並ぶ様子が見て取れる。
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遠景から入り口全体を撮影。マンション建設現場には何機もの重機がガンガン作業をしていた。
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門があった場所から細い通りに入る。方向としては南側、蘇州河に向け進む。右側は足場が組まれている低層住宅。取り壊すのか、お化粧し直すのか? 通りの左側は塀で覆われ、残っていた建屋は全て解体され跡形もないようだ。
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2015年1月の時はこんな感じ。左側はまさに瓦礫の山。
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来た道を振り返る。右側がマンション敷地側。
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2015年1月、同じく振り返る。なんだこれは状態。右側には古い建屋が残存しているのがよく分かる。まだまだ人が住んでいる。
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先に進む。右側にあった建屋もすっかり撤去されている。
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左側のマンション群を望む。手前はマンション建設現場。
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2015年1月、同じ場所から同じ方向を望む。がれきの山だわい。
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先に進む。中間地点あたりまで来た。両側とも塀で囲われている。
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通りの真ん中でネコさんが毛づくろい中。おっと、睨まれた。
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しばらく歩くと塀が途切れ、低層階の住宅が見えて来た。ここは人がまだ住んでいる。恐らく最後の最後に残った住人だろう。

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整地されたエリアを歩く。あれだけ山積みされていたがれきの山はきれいに撤去されたようだ。
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2015年1月、がれきの山、山、山。
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整地されたエリアにはネットが張られている。これは雑草の生育防止か。
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巡回中の犬のおまわりさん、もとい野良犬さん?。
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先に進んで振り返る。
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さらに進んで振り返る。
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出口に近いところで人の住む住宅発見。取り壊しを意味する「拆」が書かれている。
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三度振り返る。
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本日はこのまま通りを抜け光复西路に出て帰宅する。

ニュースにも取り上げられた「光復里、合徳里」問題はどうやら立ち退き交渉が解決し前進しているようである。立ち退いた皆さんは補償金を受け取り、あるいは郊外の代替場所に移り住んで行ったものと思われる。新天地での生活がうまく行くことを願う。

つづく

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