黄浦 四川南路をふらりと歩く 2017年/2018年
2017年5月、四川南路の南端から四川北路の北端まで歩こうと思い立ち、四川南路の南端、人民路との交差点よりテクテク歩き始めた。1年後の2018年5月、同じルートを再び歩き写真の無かったポイントを撮影した。そんな様子をご紹介する。
四川路は南路、中路、北路の3段からなり全長約5.3km。南端は豫園に近い人民路に面し、北端は魯迅公園まで。
今回歩いた四川南路は人民路から延安東路まで368mと短い。金陵東路から延安東路まではフランス租界地だったところ。当時の通りの名はフランス遠征軍の遠征司令官であった人物の名を取り孟斗班路(Rue Montauban)。その後、天主教堂“若瑟堂”が造られたので天主堂街、1943年に天台路と改名され、3年後の1946年、現在の名に変わった。と、百度百度に書いてあった。
四川南路ー四川中路ー四川北路の全ルート。
四川南路の南端、人民路との交差点付近の地図。
さて、地下鉄9号線・豫園駅で下車する。目の前は人民路。東に進み北東の方角、目指す四川南路の南端を望む。右手には靄がかかった陸家嘴の超高層ビル群。その手前にアパレル関連の小売店が入居する上海滩商厦ビルがある。服飾関連なら殆どなんでも揃う。その他、鞄、靴、小物雑貨なども揃っているので、豫園に行った帰りに寄ってみるのもお薦め。中央奥に東方明珠が見える。左は工商聯大廈ビル。

左手には民家が密集する住居区、吉如里、吉安里だったところ。現在は地下鉄14号線・豫園駅の工事のため大方取り壊された。中央に見えるのは花弁形の王冠をのせた外観の外灘中心ビル。右は工商聯大廈ビル、左は星腾大厦ビル。

重機が入ってガンガン工事中。よくみるとまだ民家が残っているようだ。

振り返って河南南路側を眺める。中央は新上海城市広場ビル。右に星腾大厦ビル。

人民路を東に進み四川南路の手前から北西を振り返る。

人民路を渡り四川南路の手前から西側を振り返る。

四川南路を曲がり北上する。金陵東路との交差点。右のビルは上海市優秀歴史建築カテゴリー4に指定された金陵大楼。この手前にもう一つ優秀歴史建築があるのだが、ブレブレの写真しかないので、1年後の再訪(下段)で紹介する。

そのまま北上、延安東路との交差点手前の様子。これより先は四川中路に変わる。

延安東路の西側を望む。花弁形の王冠をのせた外観のウェスティン ・ホテルが入居する外灘中心ビル。

1年後の2018年5月 雨が降ったり止んだりの1日。再び同じルートを歩く。
前回同様、豫園駅で下車。人民路から東を望む。陸家嘴の超高層ビル群、今日はお休みのようだ。

人民路を東に進み、四川南路の手前まで来た。右は上段で紹介したアパレル関連の小売店が入居する上海滩商厦ビル。

人民路を渡り四川南路の南端から西側を望む。地下鉄工事はあまり進んでいないような気がする。

南側に目をやると豫園の牌楼。この先が豫園。

四川南路の北側。

四川南路を振り返る。

四川南路を北上する。左側は1階が店舗、その上が住宅と思われる3階建ての長屋が連なる。

振り返る。右手の立派な建屋は業余大学。ネットワークを利用した教育を行う大学施設。科挙の国だけあって教育には力を入れている。また、子供の教育にはとてつもないお金を費やしている。私の感覚だが、全国平均で高校の進学率は50%、大学は10%と狭き門である。大都市の北京、上海などの進学率はもっと高いと思う。

その正門。

その向かいにある天主教若瑟堂、カトリック教会・若瑟堂の正門。上海市優秀歴史建築カテゴリー2に指定されている。建造は1860年代。

優秀歴史建築のプレート。

天主教若瑟堂のネームプレート。

中には入れないので門の隙間から撮影。傾いている。

敷地には小学校が併設されている。

そのお隣の商店の様子。

金陵東路との交差点を渡り振り返る。

交差点東南の門に建つ郵便銀行が入居するビル。

四川南路の北側。右の白いビルが金陵大楼。優秀歴史建築カテゴリー4に指定されている。1937年竣工。

金陵大楼を振り返る。

前方の様子。

さらに北上する。左のビルは聯誼大廈。

振り返る。

延安東路の手前までやって来た。

その手前に右に折れる通りがあるので覗いてみる。駐車場のようにも見えるが。

連なるビルは凝った作りにはなっている。

結構奥まで続いている。

元の場所に戻り延安東路の北西側を眺める。左はウェスティン ・ホテルが入居する外灘中心ビル。

四川南路を振り返る。

おまけ 通りで見つけた猫さん。伏せ目がち、はにかんでます。

「四川中路をふらりと歩く」に続く
四川路は南路、中路、北路の3段からなり全長約5.3km。南端は豫園に近い人民路に面し、北端は魯迅公園まで。
今回歩いた四川南路は人民路から延安東路まで368mと短い。金陵東路から延安東路まではフランス租界地だったところ。当時の通りの名はフランス遠征軍の遠征司令官であった人物の名を取り孟斗班路(Rue Montauban)。その後、天主教堂“若瑟堂”が造られたので天主堂街、1943年に天台路と改名され、3年後の1946年、現在の名に変わった。と、百度百度に書いてあった。
四川南路ー四川中路ー四川北路の全ルート。
四川南路の南端、人民路との交差点付近の地図。
さて、地下鉄9号線・豫園駅で下車する。目の前は人民路。東に進み北東の方角、目指す四川南路の南端を望む。右手には靄がかかった陸家嘴の超高層ビル群。その手前にアパレル関連の小売店が入居する上海滩商厦ビルがある。服飾関連なら殆どなんでも揃う。その他、鞄、靴、小物雑貨なども揃っているので、豫園に行った帰りに寄ってみるのもお薦め。中央奥に東方明珠が見える。左は工商聯大廈ビル。

左手には民家が密集する住居区、吉如里、吉安里だったところ。現在は地下鉄14号線・豫園駅の工事のため大方取り壊された。中央に見えるのは花弁形の王冠をのせた外観の外灘中心ビル。右は工商聯大廈ビル、左は星腾大厦ビル。

重機が入ってガンガン工事中。よくみるとまだ民家が残っているようだ。

振り返って河南南路側を眺める。中央は新上海城市広場ビル。右に星腾大厦ビル。

人民路を東に進み四川南路の手前から北西を振り返る。

人民路を渡り四川南路の手前から西側を振り返る。

四川南路を曲がり北上する。金陵東路との交差点。右のビルは上海市優秀歴史建築カテゴリー4に指定された金陵大楼。この手前にもう一つ優秀歴史建築があるのだが、ブレブレの写真しかないので、1年後の再訪(下段)で紹介する。

そのまま北上、延安東路との交差点手前の様子。これより先は四川中路に変わる。

延安東路の西側を望む。花弁形の王冠をのせた外観のウェスティン ・ホテルが入居する外灘中心ビル。

1年後の2018年5月 雨が降ったり止んだりの1日。再び同じルートを歩く。
前回同様、豫園駅で下車。人民路から東を望む。陸家嘴の超高層ビル群、今日はお休みのようだ。

人民路を東に進み、四川南路の手前まで来た。右は上段で紹介したアパレル関連の小売店が入居する上海滩商厦ビル。

人民路を渡り四川南路の南端から西側を望む。地下鉄工事はあまり進んでいないような気がする。

南側に目をやると豫園の牌楼。この先が豫園。

四川南路の北側。

四川南路を振り返る。

四川南路を北上する。左側は1階が店舗、その上が住宅と思われる3階建ての長屋が連なる。

振り返る。右手の立派な建屋は業余大学。ネットワークを利用した教育を行う大学施設。科挙の国だけあって教育には力を入れている。また、子供の教育にはとてつもないお金を費やしている。私の感覚だが、全国平均で高校の進学率は50%、大学は10%と狭き門である。大都市の北京、上海などの進学率はもっと高いと思う。

その正門。

その向かいにある天主教若瑟堂、カトリック教会・若瑟堂の正門。上海市優秀歴史建築カテゴリー2に指定されている。建造は1860年代。

優秀歴史建築のプレート。

天主教若瑟堂のネームプレート。

中には入れないので門の隙間から撮影。傾いている。

敷地には小学校が併設されている。

そのお隣の商店の様子。

金陵東路との交差点を渡り振り返る。

交差点東南の門に建つ郵便銀行が入居するビル。

四川南路の北側。右の白いビルが金陵大楼。優秀歴史建築カテゴリー4に指定されている。1937年竣工。

金陵大楼を振り返る。

前方の様子。

さらに北上する。左のビルは聯誼大廈。

振り返る。

延安東路の手前までやって来た。

その手前に右に折れる通りがあるので覗いてみる。駐車場のようにも見えるが。

連なるビルは凝った作りにはなっている。

結構奥まで続いている。

元の場所に戻り延安東路の北西側を眺める。左はウェスティン ・ホテルが入居する外灘中心ビル。

四川南路を振り返る。

おまけ 通りで見つけた猫さん。伏せ目がち、はにかんでます。

「四川中路をふらりと歩く」に続く
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