広州

2016年8月 広州に旅行した時の様子。香港に用事があり出向いたのだが、折角なら広州に寄ってから帰ろうということで立ち寄った次第。香港から列車で深圳に移動し、広州駅まで高速鉄道を利用。広州は以前、何度か訪れてはいたが、観光らしい観光をしていなかった。今回、あまり目的地を決めずに市内をブラつくことにした。

広州市の位置。


広州市内の地図。


深圳から高速鉄道に乗り、広州火车站に到着。宿はこの近くにとった。
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宿の近くにある革製品を専門に扱う卸・小売店が多く集まる一画。
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駅近くの踏切から。上海ではほとんど踏切は見かけないので、少し感動。高速鉄道(中国版新幹線)が通過中。
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通り過ぎて行く。
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地下鉄「広州火车站」駅。
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地下鉄2号線「海珠广场」駅で下車。地上に出ると兵士のオブジェ。
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一徳路と起議路の交差点から一徳路の様子。進路は起義路を北に向かう。
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「高第街」と書かれた牌坊を見つける。小さな商店が並んでいるように見える。
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その反対側はアーケードのある通り。ここは靴専門のようだ。
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あまり人はいない。
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元の場所に戻るり、先程見かけた高第街を歩く。
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日用雑貨、衣料品のお店がずっと連なる。この通りは結構長い、地図を見ると600mくらいはある。
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平時の夕方5時過ぎ、ほとんど人がいない。
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高第街を進むと北京路にでる。そこを左(北向き)に歩き、文明路をさらに右(東向き)に曲がる。ここは北京路に並行する北京路文化旅游区。その案内板。
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メイン通りは歩行街(歩行者天国)になっており、大型ショッピングセンター、飲食店などが立ち並ぶ、広州でも指折りの繁華街。
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そのまま進むと中山四路にぶつかり、前方に「南越国宫署遗址」が見えてくる。「南越国宫署遗址」は南越国王宮の遺構。
南越国はウィキペディアによると、「紀元前203年から紀元前111年にかけて5代93年にわたって中国南部からベトナム北部にかけての地方(嶺南地方)に自立した王国であり、首都は番禺(現/中国広州市)」とある。
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正面にある牌楼。左隣には「南越王宫博物館」。
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その脇にある「秦代造船遗址」のプレート。秦の時代、この地にあった造船所の跡地。
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この南越国王宮の遺構の一画に建てられている「南越王宫博物館」のプレート。夕方5時を回っていたので、博物館はすでに閉館。遺跡が保存されているらしい。
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一画にたつ「城隍宝殿」。
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「南越国宫署遗址」を後にして教育路を南に進むと見えてくる「書坊街」の牌坊。
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「書坊街」のプレート。
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翌日。バスに乗り、人民高架路下の人民南路を走行し、広州文化公園近くで下車。人民南路の様子。
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広州文化公園脇の服飾を扱う卸・小売が集中する一画。大きな荷物を搬送するため、待機する人達。
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運ぶ人々。
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人民南路を南に進むと広州市内を流れる大河・珠江が見える。
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人民南路に戻る。途中で見かけた電子製品を扱う店が多く集まる一画。
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人民南路を北上すると見えてくる越秀儿童公园。そこで、懐かしいやつを見つけた。最近お目に掛からないと思っていたら、こんな所にいた。そう、広島が誇る鉄人・衣笠さんではなく、「鉄人28号」。
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人民南路をさらに北上すると「状元坊」の牌坊を見つける。
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その状元坊に足を踏み入れる。この路地は歩行者専用。日用雑貨、アクセサリー、衣料関係の店が軒を連ねる。
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だんだん狭くなる。
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脇の細い路地を覗く。
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状元坊から天成路に出て、細い路地を歩き、元錫巷を進むと、見えてくる「耶穌聖心大教堂」。
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沿江西路に出て、再び珠江を望む。
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そこから地下鉄に乗り、中山四路駅に移動。
「農民運動講習所旧址」を見つけた。ここは第1次国共合作後の1924年に創設された農民運動講習所の跡地。
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中の様子。時間がないので、外から眺めるだけ。ここを最後に広州駅に戻る。
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帰路は久しぶりに寝台列車。上海南駅まで約18時間。
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広州旅行はこれにて終わり

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