浦西 光復里・合徳里

2015年1月 光復里、合徳里を訪れた時の様子。ここは、上海で最も劣悪な環境の中で多くの人が今尚暮らし続ける場所である。最盛期には2000人を超える人々が暮らしたという。エリアの半分ほどはすでに解体撤去が進み、高級高層マンションに生まれ変わったが、残り半分は立ち退き交渉が進まず工事が中断していると聞く。トップギアで発展を続ける上海の影の部分を見るため現場を訪れた。

場所は吴淞江(蘇州河)に沿って走る光復西路と東新路に挟まれたエリア。

光復里、合徳里の場所。


周辺の地図。


Google Earthの航空写真。

2000年11月 冒頭のエリアには民家が密集しているのがよくわかる。
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2004年5月 エリアの右側(東側)、河寄りの部分から解体撤去が始まっているのが分かる。
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2017年4月 驚いたことに、左側(西側)は今尚現状のまま。
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さて、東新路を西に向かい歩いていると見えてくる光復里、合徳里の北門。
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門をくぐり中に足を踏み入れる。この路地を挟んで、右サイドは今尚多くの人が住む生活エリア、そして左サイドは取り壊しが放置された瓦礫の山のエリア。その後ろは高層マンション「新湖明珠城」。
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放置された民家と瓦礫、そして高層マンションが同居している様。
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取り残された民家。勿論、人が住める状態では無いようだが。
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来た道を振り返る。右側は家屋の解体が進んでいるエリアだが、放置された民家にはまだ多くの人が住んでいる。
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前に進む。この路地は吴淞江沿いの光復西路と東新路を結ぶ通りでもあるので、人が途切れることなく往来する。
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瓦礫の中に現存する家屋。
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この辺りには放置された民家が多く残っている。
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奥を見ると洗濯物が干してあるので、人が住んでいる。
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来た道を振り返る。瓦礫の山の高さに圧倒される。
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東を向いて高層マンション「新湖明珠城」を眺める。
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まるで瓦礫の中から生える高層マンション。
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細い路地があったので高層マンション側へ近づく。この辺りには低層階のアパートが残っている。
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一部取り壊し、残りは放置の状態で、工事が完全にストップしている。
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高層マンションの遠景。航空写真で見たように2004年には現在マンションが建つエリアの整地が始まっているので、実際の立ち退きはそれ以前から始まっているだろう。そうすると、放置された状態は、15年近く経つということか。
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生活インフラはどうなっているのだろう。
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天国への道。瓦礫の山とマンションの敷地は壁一枚で仕切られているだけ。
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拆。解体撤去の証し。
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今回は解体現場を撮影したが、今尚人が住む住居エリアも記録として残しておきたいと思い、近いうちに来ようと思っていたが、再び足を踏み入れたのは2年後の2017年12月であった。

つづく

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