楓涇古鎮 上海市金山区・水郷の街 2019年

今年2019年5月、上海市金山区にある水郷の街・楓涇古鎮を訪れた時の様子。歴史は古く1500年前、隋代末期から唐代にかけて栄えた水郷の街である。交通の便が悪いのが難、今回は愛車をかっ飛ばして出かけた。 Google Map 楓涇古鎮の場所を確認 Google Map 周辺の拡大図 さて、到着。新涇路の様子。東に…

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楊浦 平凉路周辺を歩く 2 2017年

前回、2017年2月 平凉路周辺、通北路を歩いた様子を 楊浦 平凉路周辺を歩く 2017年 にて書いたがその続き。平凉路→通北路→福禄街→景星路→大連路→楊樹浦路まで歩いた時の様子。 この平凉路、通北路、楊樹浦路で囲まれたエリアはすでに解体撤去が始まっており、東南の一画ではすでに高層マンションの建設が始まっている。一部民家は残って…

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邪馬台国はやはり宮崎平野にあったろう 2

邪馬台国はやはり宮崎平野にあったろう の 第2弾。 「魏志倭人伝」をきちんと読めば、畿内も北九州(福岡)もありえないと言う話をしたい。 まず、邪馬台国の場所を推察する上で、「魏志倭人伝」をその拠り所とするのであれば、書かれた内容を忠実に解釈することが必要である。 部分的に取り上げたり、ここの表記はどうも違うので無視する、あ…

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楊浦 平凉路周辺を歩く 2017年

先日、楊浦 大連路周辺を歩く 2017年 という記事で地下鉄12号線大連路駅辺りよりテクテク歩いて平凉路までやってきた様子を書いたがその続き。写真が多いので、2回に分けて書いてみたい。 最近、更新頻度が上がっているのだが、寒くなって来たのと天気が悪いので出歩かなくなった分、記事を書いていると言う訳である。 時は2017年2月…

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楊浦 大連路周辺を歩く 2017年

これまで大連路の西側・虹口区の長治路、東長治路などは随分散策したが、東側・楊浦区は殆ど歩いて無かった。2017年2月に、虹口区側を散策後、楊浦区に入り込んだのでその時の様子を2回に分けて書いてみたい。 ルートは大連路→長陽路→通北路→恵民路→汾州路→榆林路→平凉路。この地区一帯は黄浦江両岸の再開発エリアにあたり、至る所に解体撤去現…

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虹口 長治路を歩く 2 2017年

2003年6月に散策した様子を書いた記事 虹口 長治路を歩く 2003年 の続編。14年後の2017年2月に東長治路→長治路→天潼路を散策した時の様子。 前回の記事 虹口 東長治路周辺を歩く 2 2017年 にて東長治路から長治路まで歩いたのでその続き。 Google Map 長治路周辺の地図 百度地図 周辺…

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虹口 東長治路周辺を歩く 2 2017年

前回取り上げた大連路、その南西側に位置する虹口区の東長治路を2003年6月に散策した様子は、虹口 東長治路周辺を歩く 2003年 という記事にて書いたが、14年後の2017年2月に同地区を訪れたので続編として書いてみたい。 散策したこの地は外灘の北側に位置し、近年北外灘と呼ばれ、元々海運関連施設が多かったことより、国際フェリータ…

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虹口 大連路周辺を歩く 3 2017年

今から16年前の2003年6月に訪れた様子を、虹口 大連路周辺を歩く 2 2003年 という記事にて書いたが、2017年1月に同地区を散策したので続編として書いてみたい。 2003年当時はまだ地下鉄4号線が開通していないため、浦東よりフェリーに乗って来たが、今回は地下鉄に乗って楊樹浦路駅までやって来た。 ちなみに、地下鉄4号線の…

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南市 塘橋から黄浦江を渡る 董家渡路 2 2017年

2003年、塘橋渡口から董家渡路渡口までフェリーに乗船した様子 南市 塘橋から黄浦江を渡る 董家渡 2003年 という記事を書いたが、14年後の2017年に同じルートを散策したので、その時の様子を書いてみたい。 先日、浦東・前灘の開発が凄まじいという記事を書いたが、董家渡路付近、老碼頭エリア、さらに北側の十六铺エリア、つまり黄浦…

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浦東 塘橋 5 2017年

2017年1月のとある日、11年ぶりに浦東・塘橋の写真撮影のため訪れた時の様子。前回2006年に訪れた時の様子 浦東 塘橋 4 2006年 。写真撮影は11年ぶりだが、実際には買い物、食事などでそれなりに訪れてはいた。 なお、このエリアの記事で必ず取り上げる松下電工が運営する日本人駐在員向け住居「東桜花苑」は、2002年に竣工し…

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