長江文明 2 稲作農業の起源

先に長江文明について書いた。「長江文明の探求」(梅原猛氏、安田喜憲氏共著 2004年)という本を読んだことがきっかけであった。その出版の4年前、2000年に世界的にも著名な哲学者である梅原猛氏は中国の考古学者である巌文明氏、樋口隆康氏との共作による「長江文明の曙」という本を上梓している。まず、こちらの内容を先に掘り下げて見たいと思う。 右「長江文明の探求」と左「長江文明の曙」。 この他、梅原氏らとは違う角度、「倭族」という括りで長江文明の古代王国を実証しようとした鳥越憲三郎氏の「古代中国と倭族」も同時に読み込んだので、必要に応じて取り上げてみたい。同書籍は2000年に上梓された。 さらに、「長江文明の探求」の著者の一人である安田氏の筆による2000年に出版された「大河文明の誕生」も取り上げたい。 こうしてみると、2000年というのは長江文明に関する書籍が集中的に出版された年であったようだ。恥ずかしながら、私はこの時期、中国に住んでいたのだが、とんと関心が無く、素通りしてしまっていた。遅まきながら挽回してみようと思う。総じていうならば、古代中国文明を通して、私達日本人はどのような民族で、どのように形作られて来たのかという問いかけに対する答え探しなのかもしれない。 鳥越氏の「古代中国と倭族」のあとがきによると、氏が倭族論の構想が脳裏に浮かんだのは1979年とある。タイの山岳地帯に住む少数民族の探訪からの帰路という。その発想を確かめるため、その年にタイと中国雲南…

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浦東 高科西路

2007年12月 浦東・高科西路を訪れた。 世博会会場に隣接し、ちょうど地下鉄7号線の工事が進められている。また、地下鉄6号線の試運転が開始されたので併せて見学しに行った。 高科西路については、世博会会場 浦東 1でも取り上げた。 周辺の地図。 2006年11月の様子。東明路にはまだ橋が架かっていない。 2017年3月の様子。東明路には立派な橋が架かった。また、高科西路は片側1車線の通りだったが、片側5車線もある立派な大通りになっている。西へ向かうと西蔵南路隧道に直結する。 2007年12月 浦東南路と高科西路の交差点付近でバスを降りる。交差点付近、浦東南路の地下鉄工事の様子。 浦東南路から高科西路を曲がり東方向にずんずん進む。東明路の手前で地下鉄7号線の工事現場に遭遇。車両は通れそうにない。ご覧の通り、片側1車線の通りである。 来た道を振り返る。 北側の様子。 掘削現場に近づく。 南側を撮影。右の三棟は東明路沿いに建つ紫竹華庭。手前のスペースには、後に、如家快捷酒店、上海市実験学校剣橋教育中心が建設される。剣橋って何かと思ったら、ケンブリッジのこと。そのまんまだ。 右奥はすでに建設されている上海实验学校の校舎。 レンガの向こうが東明路。その向こうの住宅群は博爱家园。 東明路との交差点にでる。東明路の南側の様子。 交差点の角にある地下鉄6号線「高科西路」駅。奥は博爱家园。 交差点の北西の方角。 …

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世博会会場 浦東 3 地下鉄8号線

世博会会場 浦東 2 上南路の続き。時期は2007年8月。上海世博会まであと3年というタイミング。 世博会会場周辺の地図。 Google Earth 2006年11月の様子。撮影した時期の半年前の様子。2つの赤い星印の間を移動した。 2010年11月 世博会開催中の様子 2017年2月 最近の様子 さて、世博会会場 浦東 2 上南路の続き。上南路と博成路の交差する辺りから南の方角を撮影。右は耀華路沿いに建つ上南花城。 東南の方向で上南花城の全景が見える。手前にあるのは世博源の基礎工事と思われる。前回より世博源と書いていたが、世博会の開催時はちょうど中心に位置する建物「世博軸」(英語名 Expo Axis)であった。2014年、ショッピングモール「世博源」として生まれ変わった。上海市観光局のオフィシャルサイトによれば、「世博源」の公共スペースは、「水」をテーマに南北に貫いてデザインされている。メイン建築物は、北から南にグルメ、トレンド、ファッション、快適生活の4つの主題エリアに分かれ、訪れる人々にショッピング、飲食、レクリエーション、レジャー、文化、展示を一体とした全天候、ワンストップ式の消費サービスを提供する。」とある。今、目にしているのは、生まれる前の姿である。 この先はさすがに進めないようなので、引き返すことにする。 上南路を振り返る。 上南路を戻る。 来た道を振り返える。 上南路をずんずん戻る。 地下…

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世博会会場 浦東 2 上南路

世博会会場 浦東 1 世博会会場 浦東から浦西へ の続き。時期は2007年8月。 周辺の地図。 連チャンで世博会会場の工事の様子を見に行った。昨日は雲台路を攻めたので、本日は通り一本西側を走る洪山路からメイン通りである上南路を攻める予定でいる。工事中なのでどこまで入れるか疑問ではあるが。 さて、写真は浦東南路と洪山路の交差点から、洪山路の西側を撮影。車両は通行止め、歩行者のみ先に進める。 洪山路の南側(写真左手)には郵便局。 浦東南路の南側。この先が上南路。ロダンの考える人かと思いきや、バイクに乗る人だった。 浦東南路の北側。昨日歩いた雲台路はこの先。 さあ、洪山路を西(会場側)に進むとする。青いフェンスで囲われた部分を上から覗く。何かを隠しているわけではない。 歩いたてきた道を振り返る。中央に見える赤い屋根の低層住宅群は上南一村。右隅は郵便局の建屋。 先に進む。フェンスの設置が随分甘い。これでは不届きものが中に入れてしまう。 そこで、フェンスの中に入って、侵入してくる輩を注意することにした。不届きものは私かも知れないと一瞬頭をよぎる。そんなことは気にしないで浦東南路を振り返る。取り残された赤い消火栓が存在をアピールしてくる。 先を進む。右手は雪野二村の住宅群。世博会会場に隣接するここの住人は毎日ロハで会場が見れることになる。 さらに進む。何の建物も見えない、だだただだだっ広い敷地が広がる。 微かに奥の方に建屋が見え…

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世博会会場 浦東から浦西へ

世博会会場 浦東 1の続き。時期は2007年8月。 周辺の地図。 Google Earth 2006年11月 世博会会場の解体撤去が終わり、これよりまさに各国パビリオンの建設が始まる。 Google Earth 2017年2月 上海世博会から7年経過した現在の様子。各国パビリオンは一部は再利用されてはいるが、大方は撤去されている。 前回の続き。一旦、浦東南路に戻り、雲台路との交差点から北側をみる。地下鉄7号線の工事真っ最中。この辺りが「雲台路」駅。 右は浦東新区外地労動力管理所。 反対側を見る。左のマンション群は雲台苑。 雲台路を西向きに撮影。左は雪野家園。この先は行き止まり。 バスに乗って南浦大橋を渡り、世博会会場の様子を撮影することにした。ガラス越しのため、見難い点はご容赦を。 この辺りが後に上海世博展览馆が建設される。右の高層マンション群は上南花城。 本当に何もまだ建っていない。 区画整理がまだ進んでいないが、左の通りが世博大道と思われる。 左手に世博中心が建設される用地が見えてくる。 黄浦江に差し掛かる。 橋の中間点あたり。 浦西に入る。 浦西側はまだ倉庫などが残っている。その先、クレーンが連なる地点は江南造船所か。 つづく

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世博会会場 浦東 1

2007年8月 急ピッチで進む上海世博会会場の浦東側の進み具合を見に行った。念のため断っておくが、誰から頼まれたわけではない。単なる好奇心。 場所の確認。 Google Earth 2006年11月の様子。 Google Earth 2016年7月の様子。 2010年の上海世博会から7年。 浦東南路をバスに乗って南下。浦东游泳馆が見えてきたので下車。ここからスタートする。浦東南路の西側、黄浦江側にあるスペース。ここは世博会会場ではないが、造成が進められている。右は華南名苑。  奥に世博会会場の工事用重機が見える。 浦東南路を南下する。今はない蓮南路。現在この周辺には上海市地面沉降监测展示馆などが建っている。 蓮南路の南側の様子。 浦東南路をさらに南下すると、高科西路との交差する場所に長距離バスターミナルがある。左側の信号が見える通りが高科西路。 高科西路を西方向、黄浦江側に進む。後年、ここには西蔵南路隧道が建設される。 さらに進む。 この辺りは全て撤去され後に雪野家園の敷地となる。 来た道を振り返る。 さらに進む。 また、来た道を振り返る。 正面が雪野路。トンネルを掘る重機群が見えてきた。 高科西路は青いフェンスで行く手を阻まれここまでしか進めない。 フェンスの間から西蔵南路隧道工事現場を視察。 ガンガン掘ってる。 西蔵南路隧道工事の説明図。 …

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黄浦江を渡る 陸家浜路から南码头路まで

2007年8月に陸家浜路から南码头路まで渡し船に乗船した時の様子。 周辺を地図で確認。 Google Map 2006年11月の様子。 今回の渡し船とは直接関係ないが、南市地区の中華路の東側、赤く囲ったエリアだが、撮影した写真はないが、再開発のため解体撤去が進み、大きく変貌している。 Google Map 10年度 2016年7月の様子。 上述の赤く囲ったエリアを当時と比較してみると、再開発の状況が一目瞭然。 黄浦江上で北側 陆家嘴方向をみる。今一度写真を眺めると、思ったよりも高い位置から撮影している。左岸が浦西側、三角形の可愛い帽子を冠ったビルが谷泰浜江大廈。 デッキに降り、水面近くから撮影。 左はフェリーに乗りこんだ陸家浜路乗り場。 浦東側を見る。このエリアはすでに更地にされており、この後10年近くこの状態が続いた。現在造成中のようで、何ができるのか? 貨物船が停泊しているので、この時期までは停泊場として利用されていたようである。 南浦大橋をくぐる。派手な船は水上レストラン? 南に向いて浦西側を見る。現在は长江流域の长兴岛に丸ごと移設された在りし日の江南造船所。このエリアは世博会会場に隣接するため、後年再開発されている。 造船所に隣接する工場。 浦東側の世博会会場方向を眺める。会場の整備が急ピッチで進められている。 右岸 浦西側を見る。黄浦江はこの先大きく右に湾曲している。右奥に…

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第一八佰伴周辺 13

2007年1月 正月明けに第一八佰伴周辺を訪れた。 前回の第一八佰伴周辺 12はこちら。 周辺の地図。 浦東南路の世紀大道側より新梅聯合広場(ツインタワー)を望む。あまり見かけないピンク色のバスとのツーショット。 商城路から左 新梅聯合広場を見る。その右は隆宇大廈、中融大廈、手前は菊園。 新梅聯合広場と隆宇大廈をアップで。 建設中の鄂爾多斯国際大廈(ベイオードスビルディング)と上海湾を浦東南路に掛かる歩道橋から眺める。手前にあった2階建ての商店は見事に撤去されている。 半年前2006年8月頃の様子。2階建ての商店があった頃の様子。 鄂爾多斯国際大廈の勇姿。 鄂爾多斯国際大廈(ベイオードスビルディング)と上海湾の全景。 上海湾の全景。 中融大廈とのツーショット。 鄂爾多斯国際大廈とその隣の中融大廈の間のスペース。奥は菊園。 張楊路の東側。中融恒瑞国際大廈とその右 华润時代広場。中融恒瑞国際大廈はすでに開業している。 6階までは電脳城やスポーツ用品専門店などが入居するショッピングモールになっている。 中融恒瑞国際大廈前から張楊路のさらに東側 世紀大道方向。円柱形の生命人寿大廈が見える。 浦東南路の北側 右 第一八佰伴と左 中融大廈。 つづく

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東門路

2007年8月 浦東・東昌路から東門路まで渡し船に乗った時の様子。現在、東門路の乗り場はなくなってしまい、東昌路~東門路の路線の替わりに東昌路~復興東路、若しくは金陵東路の路線になっている。 周辺の地図。 今回は写真が少ないので、Google Earth先生を多用する。 まずは今から17年前の2000年5月の東門路周辺の様子。 東西に走る東門路と南北に走る中華路の交わる地点の東南の位置に広大な空き地がある。後に鴻琦祥商城、滨江名人苑が建設される。鴻琦祥商城は服のオーダーメイド専門店が軒を連ねる「十六鋪軽紡面料城」で有名。その東には、すでに久事大厦が建っているのが見て取れる。 次に2006年11月の様子。撮影した写真はこの時期に近い。 2000年5月で見た広大な空き地にはすでに鴻琦祥商城、滨江名人苑が建設されている。逆に北東のエリアに密集していた住宅は解体撤去され広大な敷地に変貌している。ここには後年、「外灘金融中心」エリアに指定され、オフィス棟などが立ち並ぶ。また、復興東路と老太平洋弄の間の地区も、再開発が進んでおり、金外灘花園などが建てられた。 最後に2017年3月 ほぼ現在の様子。 東門路にあったフェリー乗り場はもうない。中山南路周辺にも高層ビルが建設され、また外馬路(黄浦江岸)は現在急ピッチで整備が進められている。外灘に繋がる遊歩道にでも変貌するのだろうか? このウォーターフロントエリアの再開発は凄まじいものがある。これに比べ中華路の西側、南市…

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人民公園周辺

2006年8月に訪れた南京西路の通り一つ北側を走る鳳陽路(凤阳路)の様子。新世界商務楼や锦江国际饭店の裏側、北京西路側になる。 2006年8月 黄河路にほど近い鳳陽路の様子。南京西路から通り一つ入っただけだが下町溢れる感じがする。 南京東路歩行街方向を眺める。2本の触覚が伸びる百聯世茂国際広場が見える。 この右手に新世界商務楼や上海新世界麗笙大酒店がある。 中央は金甌万国大廈(南門)。左の建屋は間も無く解体撤去となるのだが、解体後ほぼ10年放置される。 右は華盛大公館, 中央は中華保険華盛大廈 新昌路を曲がる。 南京西路にでる。左の時計台のある建物は上海美术馆旧址。 建設中の創興金融中心。奥は南京東路歩行街方向、百聯世茂国際広場、来福士広場が見える。 南京西路から百聯世茂国際広場を眺める。 左に新世界商務楼が見える。 振り返ると明天広場がお出迎え。 本日はここまで。 つづく

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