人民広場 4

人民広場 3の続き。 Google Mapで場所を確認。 2003年11月 来福士広場、ほぼ出来上がる。間も無く開業。その奥は建設中の百联世茂国际广场。手前は西蔵中路。 同じポイントから北にカメラを向ける。中央は新世界商務楼。 東にカメラを向けると海通证券大厦。手前は建設中の都市总部大楼。 南を見る。中央は港陸広場。その奥に延安高架路が見える。 延安高架路の歩道橋より南をみる。ここはまだ地下鉄工事真っ最中。中央は蘭生大廈、その右に金鐘広場。 北を見る。こちらの工事はほぼ完了している。 つづく

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金融の中心 陆家嘴 4

金融の中心 陆家嘴 3の続き。 Google Mapで場所を確認。 2003年7月 今では信じられないが、東方明珠近く中銀大廈裏に砂利道の青空駐車場があった。南西の方角を見れば震旦国際大楼が見える。 北側を望む。建設中の上海银行大厦が見える。 銀行ビル三兄弟。左から中銀大厦、交銀金融大廈と建設中の上海银行大厦。 2003年8月 浦明路から建設中の財富金融広場を撮影。 建設中の仁恒浜江園の様子。右は匯豪天下。 銀行ビル三兄弟。東サイドより撮影。 2003年10月 銀行ビル三兄弟。右に見える建設中の上海银行大厦、だいぶ出来上がって来た。 右端に金色の震旦国際大楼、その横は花旗集団大廈(シティバンク)、さらにその左の二棟は汤臣一品(Tomson-riviera)。 東昌路と浦城路の交差点より、黄浦江側をみる。 少し南に向けると仁恒滨江园が見えて来る。 陆家嘴環路と東泰路の交差点。建設中の盛大金磐が見える。 陸家嘴美食城(フードコート)と右から正大広場、浦東香格里拉大酒店(シャングリラホテル)、震旦国際大楼、花旗集团大厦。(ガラス越しのため不鮮明恐縮です) さらに南向きで撮影。建設中の湯臣一品(Tomson Riviera)が見える。 さらに左を見る、左隅に金茂大厦。その奥が上海中心大厦の用地。 2003年11月 銀行ビル三兄弟。 建設中の仁恒滨江园。 手前は東昌…

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第一八佰伴周辺 7

第一八佰伴周辺 6 の続き。 2003年11月 八佰伴前歩道橋から浦東南路を北東方向で撮影。建設中の新梅聯合広場。 一棟に見えるが、角度を変えるとツインタワーであることが分かる。 同じポイントで北を見る。お馴染みの世界広場。 さらに1週間経過。地下立体交差の傾斜が分かるようになってきた。 八佰伴前、北向けで。 反対側、南を見る。左は华润時代広場。 地下立体交差の工事中。 南西の方角で。中央は建設中の世茂滨江花园。 浦東南路のさらに南側を見る。 建設中の中融大廈の入口部分。 撮影ポイントである歩道橋。 張楊路の地下立体交差入り口。 つづく

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世紀大道駅 六叉路交差点 4

世紀大道駅 六叉路交差点 3の続き。 2003年9月 张杨路の福山路側より世紀大道の交差点を眺める。交差点周辺の工事はほぼ終了している。中央右は湯臣金融大廈。 2003年10月 张杨路 八佰伴側より東方路、世紀大道方向を眺める。ホームセンター「好美家」が見える。 東方路北側のマンション群。 東方路の地下立体交差工事はいつの間にか完了、すで車が通っている。中央真ん中が上海红塔豪华精选酒店(セントレジスホテル)、その左に爵士大厦。遠くに首の座りの悪い上海東錦江希爾頓逸林酒店(ダブルツリー)。 2003年11月 東方路と濰坊路の交差点より南側を望む。 反対側。 同じポイントより北西に向きを変える。中央が裕安大廈、その手前のスペース、緑の樹木があるところが、のちの96広場。 世紀大道と東方路の交差点。 さて、騒々しかった地下鉄4号線、及び東方路地下立体交差の工事は完了したが、2年後の2005年より地下鉄6号線、9号線の工事がまた始まる。そして、世紀大道駅 六叉路交差点 で取り上げた放置エリアの工事が本格化するのはそれより5年先の2010年を過ぎたあたりからである。 2004年2月のGoogle Earthで当時の様子を見てみる。 つづく

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四川省への道 1 広元

2003年11月、四川省への旅行を思い立った。四川省は三国志所縁の場所、登場人物が関係する名所旧跡が多く、そして何と言っても、明代、清代の古鎮が多く、いつか深く深く訪れたいと思っていた。 今回訪問の目標は最低でも以下の4箇所。 阆中市:張飛が殺害された場所 徳陽市孝泉村 成都市双流县黄龙溪 成都市洛帯古鎮。 まず、四川省の地図。列車の下車駅である広元駅の場所を確認。 広元市の位置。 往きの寝台列車だけ予約し、宿泊はその日どこまで移動出来るか分からぬため行き当たりばったり。帰りはしんどいので飛行機とだけ決め出発。 さて、乗車した列車に関するデータは残っていないが、現在の列車時刻表を見るとK290という 上海発成都行きがある。写真の撮影時刻と照らし合わせると駅到着時刻がほぼ一致しており、この列車と思って間違いなさそう。なお、成都行きのルートは今回乗車した西安経由と重慶経由があり、後者であれば半分以下の15時間前後で到達する。 K290の時刻表 (停車駅名 到着時間 発車時間 停車時間) 01 上海 08:50 08:50 ---- 02 苏州 09:55 10:00 5分钟 03 无锡 10:28 10:32 4分钟 04 常州 10:59 11:02 3分钟 05 南京 12:41 12:47 6分钟 06 滁州北 13:33 13:37 4分钟 07 蚌埠 15:01 15:18 17分钟 08 宿州 16:18 16:22 4分钟 09 …

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第一八佰伴周辺 6

前回の第一八佰伴周辺 5 では駆け足過ぎたので、2003年8月からもう一度見てみる。この辺りは復興東路隧道と第一八佰伴前の地下立体交差の工事中。 张杨路、浦城路の交差点より第一八佰伴を見る。中央に毎回登場するおなじみの中融大廈。その左は菊園。 浦城路寄りの位置から第一八佰伴を撮影。 同じポイントより反対側 黄浦江側をみる。左は湯臣商務中心大廈、右は江臨天下。 浦東南路より中融大廈を眺める。外回りはだいぶ出来上がってきた。 浦東南路に掛かる歩道橋より南方向(塘橋)を見る。左は华润時代広場。 同じ地点より西側、黄浦江方向を見る。中央は建設中の世茂滨江花园。右手前は2階建ての仮設の建屋、電脳系やB級アパレル品などを扱う商店などが入居する。この場所は後の上海湾。 北方向を見る。中央右に世界広場。その右は建設中の新梅聯合広場(ツインタワー)。 2003年9月 浦東南路に掛かる歩道橋より北方向を見る。右が第一八佰伴。 华润時代広場裏の崂山西路から東方向を撮影。現在、崂山西路は南泉北路と呼ばれているが、どうも知らぬ間に名が変わったようである。なお、崂山西路に平行した通り一つ向こうに崂山路があり、紛らわしいので改名したと思われる。奥に建設中の生命人寿大厦が見える。 北東の方角で撮影。第一八佰伴とその対面の三鑫世界大廈。 ここには上海第一食品商店などが入居している。 张杨路と崂山西路の交差点より西方向を見る。勿論、右が第一八佰伴で、左が华润時代…

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南市 董家渡路から中華路を歩く

浦東 塘橋から黄浦江を渡るの続き。時期は2003年9月。 董家渡路の様子。 細い路地の先は梅家弄小区。 董家渡路をさらに進む。 董家渡路から路地を入ると南区街。 南区街の様子。 さらに細い路地に入る。ちょっとした商店が連なる。 董家渡路に戻る。道路案内板によるとこの先は中華路。 董家渡路をさらに進む。 細い路地を覗く。 中華路に出て北方向に進路をとる。この建屋も上海で多く見られる中洋折衷型の石庫門造りの民家。 中華路を北向きで撮影。 中華路を北に向かう。この辺りは現在地下鉄9号線の小南門駅。 そのまま進むと左手に馬添興路。 馬添興路の様子。 右手は金運路。 中華路をそのまま進み、来た道を振り返る。 中華路をさらに進み、白渡路の交差点を振り返る。 そのまま進むと復興東路に出る。

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浦東 塘橋から黄浦江を渡る

2003年9月 浦東 塘橋よりフェリー(渡し船)に乗って対岸の董家渡路を訪れたので2回に分けてご紹介したい。 まずは、塘橋、董家渡路の位置を確認。 塘橋より渡し船に乗る。遠方に金茂大厦が見える。 左手には南浦大橋が見える。 甲板の様子。 ずんずん黄浦江を渡る。 右を見ると世茂滨江花园。 遠くに東方明珠と金茂大厦。 対岸の董家渡路が近づいて来る。 外码路の様子。北を望むと東方明珠が見える。 中山南路付近より黄浦江側を振り返る。この付近は解体撤去が進んでいる。 会館街の様子。中洋折衷型の伝統的建築様式である石庫門造りの民家。なかなか時代を感じさせる。 会館街の様子。 万裕街の様子。 董家渡路沿いの教会。

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周浦

2003年8月、小上海と称される周浦鎮を訪れた。この時期、再開発はあまり進んでおらず、狭い路地が入り組んでいる様子は昔ながらの古き良き上海の面影を残している。小上海というのもなるほど頷ける。 Google Mapで場所を確認。 上海の中心地から南に位置する。      中心部の地図。 さて、まずは康沈公路でバスを降りる。 商業施設の建設ラッシュ。 目抜き通りもちょっと歩くとさびれてくる。 遊歩街から一歩入った北油車弄。 通りの狭さが味わい深い。 この辺りは細い路地で大変込み入っている。 お辞儀している訳ではない。 電線も洗濯物干しに早変わり。 カーブしている具合が良い。 一段と狭くなる。 広い通りに出る。 古い家屋だが取り壊されるのか? 金龍街と漕渓路の交差点 高台から撮影。 康沈公路に戻る。 つづく

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緊急訪問 古羊路

昨日 2017年3月21日 、急遽古羊路を訪れたのでその様子をお伝えしたい。 何故急遽この場を訪れたのか? 実は、3月20日をもって、この通りにある飲食店は完全撤去という二ユースを読んだので、現風景見納めのため訪れたのである。何故撤去なのか? 告知書によると違法建築とのことのよう。 ちなみに小生がこの地を訪れるのは恐らく20年近くぶりになるのではないだろうか? それだけでも感慨一入である。 さて、古羊路の場所を確認。日本人が多く住む古北地区に隣接するエリアである。最寄りの地下鉄駅は10号線の宋園路駅。 Google Earthで2002年12月の様子を見てみる。古北路の東側は更地状態。この西側は日本人が多く住むエリアである。この時期よりさらに4、5年前の1998年頃、古羊路は古北地区に行く際、虹橋路の渋滞を避ける抜け道だった記憶がある。この頃より、古北路や古羊路には日本食レストランやマッサージ店などが建ち始めたが、その後取り壊しの憂き目にも会っていた記憶がある。 Google Earthでの2016年12月の様子。古北路の東側の更地は見事に高層マンション群に生まれ変わっている。 さて、当日(3月21日)、小生以外にも写真撮影している地元の人を見かけた。恐らく、同じニュースを読んで馳せ参じたのではないだろうか? まずは、店舗前に貼られていた告知書。これによると3月27日に電気・水道等のインフラが止まるようである。 宋園路と古羊路の交差点より古…

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